21 / 45

第21話 ミッキー

 ハシユカは相変わらずベタベタしてるけど、昼飯を屋上で食べる許しは貰えた。  転校してきたばかりだから、俺がシィと一緒に作戦を練ってるなんて、思い付かないんだろう。  また購買でパンを買って屋上に行くと、シィの台詞が聞こえた。 「シィ」 「四季くん! 待ってたよ」  俺は隣に腰掛けて、シィと一緒にパンを食べだした。 「今朝、綾人と話した」 「えっ。会えたの?」 「ああ。前にも会ってるんだ。俺の登校時間とあいつの出勤時間が、重なるから」 「何て言ってた?」  シィは心配そうに、俺の横顔を見詰めてる。 「何か待ち合わせがあるって、あんまり沢山は話せなかったんだけどよ。現状を打開しに行く、って言ってた」 「じゃあ、アーヤももう動いてるんだ。ぼくも、昨日考えたんだけど」 「お、サンキュ」  分厚い台本を閉じ、シィは明るく言った。 「四季くん、今何歳?」 「十七」 「誕生日は?」 「十月」 「じゃあ、すぐだね。あのね」  シィが身を乗り出してくる。 「ん?」  耳に手で衝立を立てられて、俺もシィの方に身を寄せた。ヒソヒソと紡がれる。 「結婚しちゃえば?」 「けっ!?」  俺はニワトリみたいな、素っ頓狂な声を上げた。 「十八歳になったらすぐに、結婚しちゃうんだよ。それまでは色々我慢しなくちゃいけないけど、結婚して四季くんが専業主夫になったら、万事上手くいくんじゃない?」  確かにそれは名案のように思えた。  だけど、冷静になって考えると、問題がひとつ残る。 「ああ……言ってなかったな。良い案だけど、綾人、許嫁が居るんだよ。華那っていう、森田グループの孫娘。破談にしたら、小鳥遊との取り引きをやめるって言ってた……」  シィが、細い眉根を寄せて考える。 「う~ん……そんな問題もあるのか」 「折角考えてくれたのに、悪りぃな」 「ううん。アーヤの作戦が上手くいくと良いね。また何かあったら、ぼくで良ければ力になるよ」 「サンキュ」      *    *    *  放課後、俺は鞄に教科書をしまい、ミッキーに教えて貰った指定店で買った道着をリュックサックで背負って、部室に向かう。  ハシユカが横に並んで、話しかけてきた。 「四季、誕生日いつ?」  今日誕生日を訊かれるのは、二度目だ。 「何でだ?」 「好きな人の誕生日だもん。プレゼントして、お祝いしたいでしょ」 「十月二十一日」 「わ! もうすぐだね。楽しみ。あたしは、六月なんだ」 「ふぅん」  相変わらず、目一杯冷たくするけど、ハシユカは揺るがない。 「四季、何が欲しい?」 「女子に付きまとわれない自由」  苦虫を噛み潰したような顔で、ハッキリ本気で言ったんだが、ハシユカは楽しそうに笑った。 「あはは。四季ってば、ホントに照れ屋でツンデレだね」  俺がいつ、デレた。ツンツンだろうが!  そんな俺の心の声が通じた……訳じゃないだろうけど、ハシユカは手を振って帰っていった。 「じゃあね四季! また明日!」  待ってるかと思ったら、副理事長室に行って綾人の不在を確認したのか、大人しいもんだ。  合気道部ではひたすら基礎と『小手返し』の練習をして、一芸を極める事に集中した。  急に運動したから、身体中が筋肉痛で鈍く痛んでる。  みっちり三時間半、身体を動かして、俺はへとへとになってしばらくマットの上にへたり込んでた。 「ハシユカは待ってるの?」  顔を上げて初めて、もう合気道部は俺とミッキーしか残ってないのを知る。 「いや。帰った」 「へぇ。しおらしい。ハシユカは好きになったら、追いかけ回す筈なんだけど」 「俺もビックリしてる」 「ふはは。貴方、面白いね」  俺はふうっと溜め息をついて、道着の腕で、額の汗を拭った。 「面白い話じゃねぇのが、残念だ」 「ああ……ごめん。貴方にとっちゃ、笑い話じゃすまないもんね」  ミッキーが歩み寄ってきて、同じようにマットの上に座る。 「お前が追い回された時、目の前でキスしてようやっと諦めたってのは、ホントの話か?」 「うん。部室に呼び出して、濃厚なのを見せ付けてやって、ようやく諦めた」 「の、濃厚……」  俺は目元を淡く染める。 「彼氏か彼女は居ないの? 居たら、すぐ見せ付けてやるのお勧め」 「居るには居るんだけど……」  俺はモゴモゴと口篭もる。  ミッキーは、それを誤解したらしかった。 「恥ずかしいの? 一時(いっとき)の恥だよ」 「あ、いや。相手が、恥ずかしいって言ってるんだ」  嘘は苦手だったけど、これ以上バレたくなくて、咄嗟に言った。 「そっか。もしも私で良かったら、キスして見せようか?」 「は?」  俺は一瞬、ポカンと口を開けた。 「私の彼女は、ハシユカの恐ろしさを知ってるからね。協力するくらい、何とも思わないよ」 「で、でも……」 「あ、そうか。四季くんの恋人が嫌がるか」  嫌がるだろうか……?  ハシユカは俺に本気だけど、ミッキーとのキスは一回だけだ。それでハシユカが撃退できるなら、良いような気がする。 「いや。必要な時は頼むかもしれねぇ」 「いつでも言って」  そんな言葉を交わしてから、俺は着替えて家路に着いた。  念の為、副理事長室に行ってみたけど、綾人は帰っていなかった。

ともだちにシェアしよう!