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第21話 ミッキー
ハシユカは相変わらずベタベタしてるけど、昼飯を屋上で食べる許しは貰えた。
転校してきたばかりだから、俺がシィと一緒に作戦を練ってるなんて、思い付かないんだろう。
また購買でパンを買って屋上に行くと、シィの台詞が聞こえた。
「シィ」
「四季くん! 待ってたよ」
俺は隣に腰掛けて、シィと一緒にパンを食べだした。
「今朝、綾人と話した」
「えっ。会えたの?」
「ああ。前にも会ってるんだ。俺の登校時間とあいつの出勤時間が、重なるから」
「何て言ってた?」
シィは心配そうに、俺の横顔を見詰めてる。
「何か待ち合わせがあるって、あんまり沢山は話せなかったんだけどよ。現状を打開しに行く、って言ってた」
「じゃあ、アーヤももう動いてるんだ。ぼくも、昨日考えたんだけど」
「お、サンキュ」
分厚い台本を閉じ、シィは明るく言った。
「四季くん、今何歳?」
「十七」
「誕生日は?」
「十月」
「じゃあ、すぐだね。あのね」
シィが身を乗り出してくる。
「ん?」
耳に手で衝立を立てられて、俺もシィの方に身を寄せた。ヒソヒソと紡がれる。
「結婚しちゃえば?」
「けっ!?」
俺はニワトリみたいな、素っ頓狂な声を上げた。
「十八歳になったらすぐに、結婚しちゃうんだよ。それまでは色々我慢しなくちゃいけないけど、結婚して四季くんが専業主夫になったら、万事上手くいくんじゃない?」
確かにそれは名案のように思えた。
だけど、冷静になって考えると、問題がひとつ残る。
「ああ……言ってなかったな。良い案だけど、綾人、許嫁が居るんだよ。華那っていう、森田グループの孫娘。破談にしたら、小鳥遊との取り引きをやめるって言ってた……」
シィが、細い眉根を寄せて考える。
「う~ん……そんな問題もあるのか」
「折角考えてくれたのに、悪りぃな」
「ううん。アーヤの作戦が上手くいくと良いね。また何かあったら、ぼくで良ければ力になるよ」
「サンキュ」
* * *
放課後、俺は鞄に教科書をしまい、ミッキーに教えて貰った指定店で買った道着をリュックサックで背負って、部室に向かう。
ハシユカが横に並んで、話しかけてきた。
「四季、誕生日いつ?」
今日誕生日を訊かれるのは、二度目だ。
「何でだ?」
「好きな人の誕生日だもん。プレゼントして、お祝いしたいでしょ」
「十月二十一日」
「わ! もうすぐだね。楽しみ。あたしは、六月なんだ」
「ふぅん」
相変わらず、目一杯冷たくするけど、ハシユカは揺るがない。
「四季、何が欲しい?」
「女子に付きまとわれない自由」
苦虫を噛み潰したような顔で、ハッキリ本気で言ったんだが、ハシユカは楽しそうに笑った。
「あはは。四季ってば、ホントに照れ屋でツンデレだね」
俺がいつ、デレた。ツンツンだろうが!
そんな俺の心の声が通じた……訳じゃないだろうけど、ハシユカは手を振って帰っていった。
「じゃあね四季! また明日!」
待ってるかと思ったら、副理事長室に行って綾人の不在を確認したのか、大人しいもんだ。
合気道部ではひたすら基礎と『小手返し』の練習をして、一芸を極める事に集中した。
急に運動したから、身体中が筋肉痛で鈍く痛んでる。
みっちり三時間半、身体を動かして、俺はへとへとになってしばらくマットの上にへたり込んでた。
「ハシユカは待ってるの?」
顔を上げて初めて、もう合気道部は俺とミッキーしか残ってないのを知る。
「いや。帰った」
「へぇ。しおらしい。ハシユカは好きになったら、追いかけ回す筈なんだけど」
「俺もビックリしてる」
「ふはは。貴方、面白いね」
俺はふうっと溜め息をついて、道着の腕で、額の汗を拭った。
「面白い話じゃねぇのが、残念だ」
「ああ……ごめん。貴方にとっちゃ、笑い話じゃすまないもんね」
ミッキーが歩み寄ってきて、同じようにマットの上に座る。
「お前が追い回された時、目の前でキスしてようやっと諦めたってのは、ホントの話か?」
「うん。部室に呼び出して、濃厚なのを見せ付けてやって、ようやく諦めた」
「の、濃厚……」
俺は目元を淡く染める。
「彼氏か彼女は居ないの? 居たら、すぐ見せ付けてやるのお勧め」
「居るには居るんだけど……」
俺はモゴモゴと口篭もる。
ミッキーは、それを誤解したらしかった。
「恥ずかしいの? 一時(いっとき)の恥だよ」
「あ、いや。相手が、恥ずかしいって言ってるんだ」
嘘は苦手だったけど、これ以上バレたくなくて、咄嗟に言った。
「そっか。もしも私で良かったら、キスして見せようか?」
「は?」
俺は一瞬、ポカンと口を開けた。
「私の彼女は、ハシユカの恐ろしさを知ってるからね。協力するくらい、何とも思わないよ」
「で、でも……」
「あ、そうか。四季くんの恋人が嫌がるか」
嫌がるだろうか……?
ハシユカは俺に本気だけど、ミッキーとのキスは一回だけだ。それでハシユカが撃退できるなら、良いような気がする。
「いや。必要な時は頼むかもしれねぇ」
「いつでも言って」
そんな言葉を交わしてから、俺は着替えて家路に着いた。
念の為、副理事長室に行ってみたけど、綾人は帰っていなかった。
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