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第24話 写真

 日曜日。いつもなら、暇潰しにRPGゲームなんかする俺だけど、今日はそんな気力さえなかった。  ナベとハシユカとミッキーの事で、俺は男が好きな訳でも、女が好きな訳でもないと気が付いた。気付いてしまった。  俺は、綾人が好きなんだ。  鬱々と考えて、こみ上げてくる涙を堪える。 「……そうだ」  ミッキーが、学校が休みの日でも、部活はやってるって言ってたな。  気分が沈んだ時は、運動療法っていって、身体を動かすと良いってテレビでやってた。  ベッドの中で涙を堪えるだけの時間は恐ろしく長くて、俺は制服を着て学校に向かった。昼過ぎだった。     *    *    *  ノロノロと歩道の真ん中を歩いていたら、前触れもなくキュキ、という鋭い音が真横に響いた。  ビックリして立ち止まると、綾人の高級車のブレーキ音だった。  心臓が縮み上がる。  何? 何でだ? 正式な別れ話?  呆然としていると、後部座席の窓が細く開いてインテリ眼鏡が覗き、いつかのように「乗れ」とだけ言われた。  咄嗟にどうしようか考えて立ち竦んでいると、ドアが開いて、引き入れられた。  車が発進して、やっぱりいつかみたいに裏路地に入って止まる。 「綾人……もう、『好き』じゃねぇんだろ。なっ……何で、構うんだよ。その内、転校すっから……もう、放っといて、くれよ……っ」  毅然と言おうと思ったのに、涙が勝手にボロボロと溢れてくる。  拭う事も隠す事も出来ずに、綾人のパステルカラーのネクタイの辺りを見ながら、嗚咽する。  初めて会った時と、同じネクタイだ。綾人のそんな些細な事ばかり、覚えてた。 「んっ……?」  暖かい感触があって、何が起こったのか分からなかった。ただ、懐かしいような気がして、余計涙が止まらなくなる。 「ふっ、うぇっ、うぅっ……」  ガキみたいに、声を上げて泣く。 「すまない。何と言って詫びたら良いのか分からない。俺は、間違ってた」  綾人が喋ると、耳に息がかかってくすぐったい。  その時初めて俺は、綾人に苦しいほど抱き竦められているんだと知った。   「っく、綾、人……」 「四季は、俺の運命のΩだ。言葉では伝わらないほどだが……言葉にすれば、愛している。俺のものになってくれ、四季」  人生で初めての『愛してる』に、立ちはだかる障害なんかは、忘れてしまう。 「うん……俺も、十七年間の人生で、『好き』だと思ったの、綾人だけだ」  chu、chu、と音を立てて、右頬の目元にキスされる。  綾人、俺の涙ぼくろがホントに好きなんだな。子供じみた執着が、何だか可笑しくって胸がじんわり暖まる。  だけどちょっと拗ねたように、上げた下唇を柔らかく吸われてから、額を合わせて囁かれた。 「好き、か?」 「大好き」 「愛しているとは、言ってくれないのか?」 「う」  俺は上げた顎を、また下げた。  綾人は大人だから何気なく言えるのかもしれないけど、高校生の俺にとって『愛してる』は、テレビや映画の中の言葉だった。 「四季? ……愛している」  耳朶を甘噛みされ、仔猫がミルクを飲む時みたいに、舌を使ってチュクチュクとしゃぶられる。 「あ・ゃン……」  でも、こんなに大きな仔猫はいない。子熊か子象って所だ。  頭の片隅で思うけど、低い声が耳に直接吹き込まれて、思考が停止する。 「愛しているか……?」 「あ・ン、愛して、るっ」 「良いコだ。俺の四季」  ゴツゴツした男っぽい掌が俺の両頬を包んで、上向かされる。  首を傾けて、角度を変えて情熱的に何度も、上唇、下唇と吸われた。舌が入ってくる事はなかったから、おずおずと俺の方から舌を伸ばす。  すると、ビックリしたように、唇の間に隙間が開いた。 「四季。積極的だな」 「だって、綾人とキスするの、気持ちいいから」 「苦いだろうと思って、遠慮していたんだが……」 「言っただろ……嫌いじゃないって」  綾人の項に腕を回して、下からキスを仕掛けて唇をペロリと舐める。  綾人が、艶っぽく笑った。 「何処で、男を誘惑するのを覚えたんだ。悪いコだな。お仕置きが必要だ」  俺が何度も唇を押し当てると、綾人の唇が笑みの形にしなった。 「だが待て、四季。車内だって分かってるか? 続きは、部屋だ」 「あ」  綾人しか目に入ってなかったけど、運転席をチラリと見ると、運転手が微動だにもせずに座ってた。  ヤバい。恥じぃ。  「これを着けろ」と、黒いキャップと大きなマスクを渡された。  そして綾人がドアを開け先に降りて、「降りろ」と誘う。  キスに夢中になってて気付かなかったけど、そこはコンクリートが剥き出しの地下駐車場らしかった。  先に立って歩き出す綾人に、疑問を投げる。 「部屋って、何処の部屋?」 「俺の部屋だ」  エレベーターに乗って、十五階のボタンを押す。最上階だ。   「え、良いの。綾人の部屋なんかに入って」 「その為の帽子とマスクだ。流石に制服は着替えられないが、どの生徒かは分からない」 「えっ。俺、着替えても良いよ」 「事が明るみに出たら、カメラも調べられるだろうが、バレなければ良いだけの話だ」  綾人は何でもない事のように言うけど、それこそ事件になったら、大事(おおごと)だろ。  焦る俺を尻目に、綾人は上質なダークグレーのスーツのポケットから、キーケースを取り出してる。  同時に、インテリ眼鏡を外して胸ポケットに入れた。  ポンと音がしてエレベーターが止まり、綾人は迷いのない足取りで一番奥まで廊下を進み、鍵を開けて俺を導いた。 「入れ」 「綾人、眼鏡外して見えるのか?」   「ああ……これは、伊達だ。ウチでは外すんだが、かけてた方が良いか?」  俺の好きなワイルドな顔立ちが、インテリ眼鏡に戻ってしまう。  俺は急いで口に出して、墓穴を掘った。 「いや! 外した方が、格好良い!」  広いリビングのソファに座るよう身振りで促(うなが)しながら、プッと綾人が吹き出した。 「そうか。格好良いなんて言われたの、何年ぶりだろうな。四季にそう言われると、嬉しい」 「や……ちが、馬鹿」 「四季はやっぱりツンデレだな。もう、帽子とマスク外して良いぞ」  俺は素顔に戻って、モデルハウスみたいに片付いて洒落たインテリアの室内を、キョロキョロと見回す。 「紅茶で良いか?」 「うん」  キッチンに消えた綾人は、三分ほどあって戻ってきた。シルバーのトレイには、紅茶のカップが二客とクッキーが七~八枚。  ソファの前の、ガラステーブルに置かれた。 「どうぞ」 「サ、サンキュ」 「どうした?」 「いや、理事が生徒に茶ぁ出すなんて、変だなと思って……」 「今は、ホストとゲストだ。気にするな。それより……辛い思いをさせたな。加工されて女子生徒の顔は分からなくした写真が、俺の公のメアドに送られてきた。不純異性交遊の証拠としてな」  そう言って傍らにあったノートパソコンを開くと、ハシユカとのキス写真と、ミッキーとのハグ写真が映し出された。  俺は折角の紅茶でむせて、慌てて綾人が、背中を叩いて擦(さす)ってくれた。

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