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第25話 ドSな恋人
「綾人、違うんだ、これはハシユカが……」
慌ててまくし立て出す俺を、ソファの隣に座った綾人が優しく笑って遮(さえぎ)る。
「ああ、分かってる。こんな悪知恵が働くのは、ハシユカくらいだってな」
ノートパソコンを閉じて、ワイルドな見た目には似合わず、優雅に紅茶を一口飲んだ。
「でも……四季の口から聞きたい。これは誤解なんだって。大人げないが、そうしなければ、俺は満足出来ない」
余裕の表情に見えたけど、そう言った時、綾人の指先が震えてティーカップとソーサーがカチャカチャと微かな音を立てた。
「綾人……怒ってるのか?」
「怒ってない。察しろ」
俺の口癖を真似て、綾人は苦笑する。
苦み走った表情にちょっと見とれてると、綾人は俺のふたつ並んだ涙ぼくろを親指の腹で撫でた。
「察したか?」
「……分かんねぇ」
綾人は気まずそうに、片目を眇めた。
「言わせるなよ。……妬いてるんだ」
「え?」
「どんな事情があったにせよ、この写真が撮られた経緯を、四季の口から聞きたい。じゃないと俺は、ハシユカを許せない」
態度では大人の余裕を崩さない綾人が、実はこの写真に嫉妬していると知って……罰(ばち)が当たるかもしれないけど、嬉しくなる。
「信じてくれるか?」
「勿論」
俺が言葉を選んでちょっと俯くと、後頭部に手が添えられて、額に触れるだけのキスが落とされた。
それだけで、綾人の怒りを恐れて縮こまっていた心臓が、トクントクンと暖かい血を身体中に巡らせ出す。
綾人の唇、柔らかくって気持ちいい。
「キス写真は、俺が風邪でサボった時にハシユカが見舞いにきて、不意を突かれて自撮りされた。ハグ写真は、ハシユカを諦めさせる為に、合気道部の部長と一芝居打ったんだ」
顔を上げて胸に縋り、綾人に訴える。
「でも、ハシユカも、ミッキーも、何(なん)にも感じなかった。俺が気持ちいいって思うのは、綾人だけだ」
綾人が、俺の涙ぼくろに口付ける。
「そうか。今まで、こんなに恋人に執着した事なんかなかった。それに、男を愛したのも初めてだ。勿論、生徒を愛したのも。俺はきっと、本当に誰かを愛した事なんて、なかったんだろう」
ただでさえ熱を持っていた心臓が、『恋人』と『愛してる』のオンパレードに、酷く早鐘を打つ。綾人に聞こえてしまいそうで、俺は顎を下げて少し身を離そうとした。
だけど、後頭部に回した綾人の掌が後ろ髪を掴んでて、叶わない。
俺は赤くなる頬を隠そうと、手の甲で半顔を覆った。
「四季? 照れているのか?」
「うっせぇな……察しろよ」
綾人が言った言葉を、そのまま返す。消え入りそうな囁きだったけど。
クスリと人の悪い笑みを浮かべ、綾人は人差し指に引っかけて、俺の顔を上向けた。
「分からないな。何に照れているのか、ちゃんと言ってくれ」
「……黙秘権」
初めて会った日が、フラッシュバックする。
「ふふ。愛している、四季」
「馬鹿っ……」
『愛してる』を繰り返す綾人は、俺が何でドキドキしてるかなんて、お見通しなんだろう。
ドSなんて、タイプじゃないのに。もっとも、誰かを『好き』になった事なんてなかったから、自分の好みなんて分からなかったけど。
「四季」
「ん?」
「キスしたい」
また吐息で囁かれて、顔が真っ赤に火照る。
「勝手に、すりゃ良いだろっ」
照れ隠しに、乱暴に言い放つ。間近で、綾人のワイルドな目元が微笑んだ。
「本当にツンデレだな、四季は」
「んっ……」
唇が触れ合う。恋人同士のキスって、ディープキスなんだろうって先入観があったけど、綾人は優しく角度を変えて、啄むように愛してくれる。
何だかそっちの方が子宮に響いて、俺はきゅんきゅんしっぱなしだった。
俺が綾人以外の事を何にも考えられなくなる頃、舌が入ってきてチロチロと先端を舐められる。そこが敏感なんだろうか、思わず喘ぎが鼻に抜けた。
「んん……ふっ」
逆毛を立てるように項から頭頂に髪を乱されて、鳥肌が立つ。
俺は身体に力が入らなくなって、ソファの上にパタリと倒れた。
それでも綾人は覆い被さってきて、顔中にキスをする。隈無く唇で触れて、滑らせ、チロリと舐める。
心地良さに、俺は抵抗するなんて選択肢も思い浮かばず、されるに任せてしまった。
「……四季」
唇が離れて、ぼんやりと薄く瞳を開いて間近にある綾人の顔を見詰めてたら、くしゃっと破顔した。
相変わらず、悪戯っ子みたい。そう思って、返事も返せずに見とれていると、顎を掴まれ、軽く左右に揺さぶられた。
「四季、しっかりしろ。俺は気が長いから我慢出来るが、他の男じゃこうはいかないぞ。ちゃんと身を守れよ」
そう言われて初めて、快感に流されていた自分に気付く。
力が入らずソファに横たわったまま、強がった。
「ばっ……綾人以外となんかキスしたって、こんな風にならねぇよ!」
「それは、嬉しい言葉だな」
綾人はガラステーブルの上から何かを取って、俺に訊いた。
「煙草、吸っても良いか?」
「うん。父さんも吸ってるし」
「それは、禁煙して欲しい所だな」
「百害あって一利なし、だから?」
「そうだ」
「自分は吸うくせに?」
「ウチは部屋中に空気清浄機があるから、良いんだ」
俺はもっともらしく言い訳する綾人が可笑しくて、ちょっと笑った。
何とかゆっくりと身を起こし、煙草を深く吸って、高そうな卓上ライターで火を点ける綾人の横顔を見る。大人の男って感じがして、格好良かった。
「そろそろ、四季を送り返さなきゃいけないな」
「えっ、もう?」
我知らず口にしてた。綾人ともっと一緒に居たいし、話したかった。
「小鳥遊学園では、休日の部活道は十五時までと決まってる。お前が上手い言い訳を持ってるんなら構わないが、四季は嘘が苦手なタイプだろう?」
「な、何で分かるんだ」
「伊達に歳はとってない。生徒一人一人を理解する力を買われて、副理事長になったんだ」
「そっか」
一瞬、恋愛経験が豊富だと言われているような気がして、チクリと心臓が痛かった。
俺はまた帽子とマスクを着けて、地下駐車場に下りていった。
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