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第30話 時季外れ
写真は食パンマンから担任の係長に渡されたらしく、『尋問』は係長が行(おこな)った。
食パンメンより物腰が柔らかいのが、幾らかの救いか。
「四季くん、何でこんな写真を持ってるんだね」
写真は人目につかないように、茶封筒に入れたままだった。
俺はいっぱいいっぱいで、正直に言う事しか思い付かなかった。
「ハシユカが、押し付けてきたんです。俺が、綾人の事、好きだって言ったら」
「ハシユカさん? ハシユカさんが、そんな事をするとは思えないけどねぇ」
ハシユカの外面(そとづら)の良さは、こんな所でも力を発揮する。
でも俺の事も信頼してる係長は、一応ハシユカを呼び出してくれた。
「ああ、その写真!」
開口一番、ハシユカは驚いてみせた。
「四季くんが、君に貰ったって言ってるんだけど」
「とんでもないです。前に席が近い時に教えてくれたけど、四季くん、俺はストーカーなんだって自慢してました。スキャンダル写真でアーヤを脅して、付き合うんだって」
息をするように嘘を吐くハシユカに、俺は開いた口が塞がらなかった。
「酷いです、四季くん。あたしのせいにするなんて。βのひがみ?」
ああ。こいつも、αなのか。こんな奴が。
天下の小鳥遊学園だから、αが多いのは分かるけど、エリートの筈のαの誰も彼もが醜く見えるのは何故だろう。
俺は呆然として、反論も出てこなかった。
「事を荒立てるのは副理事長の為にも良くないから、今回は厳重注意にとどめるけど、もうストーカーなんて真似はやめなさい、四季くん」
係長は、αのハシユカを全面的に信用してる。
俺は、返事もせずに踵(きびす)を返して、ノロノロと保健室に向かった。
「あー! 前に部屋に居たコじゃん」
カミサマは、何処まで俺に辛く当たれば済むんだろう。
廊下の向こうから、綾人と肩を並べて華那がやってきた。
「綾人……」
「呼ぶなら、アーヤと呼んでくれたまえ。特別な関係だとでも、周囲にアピールしたいのかね?」
初めて会った時のように、シニカルに薄く笑って綾人は言った。
「あ、綾人。部屋に呼んで話せば? ここじゃ大っぴらに出来ないし」
「そうだな。来たまえ」
いつも四季、と熱く囁いてくれていた声は冷たく、一方的にぎゅっと手首を掴まれる。
そのまま為す術もなく引っ張られて、俺は副理事長室に連れて行かれた。
道すがら、綾人と華那の楽しそうな笑い顔だけが、虚ろな瞳に映っていた。
* * *
部屋に入ると、途端に綾人と華那は抱き合って、熱烈なキスを交わした。
俺としてた啄むようなキスじゃなく、唾液をすすり合う音が聞こえるようなキスを。
華那はチラチラ俺の方を見ては、嗤いながら舌を絡ませ合っていた。
「ふふ。少年、こういう事だから、もう綾人に付きまとわないでよね」
「付きまとってなんか……」
「さっき、先生が教えてくれたわよ。少年が、綾人と華那のキス写真持ってたって」
食パンメン……何処まで馬鹿正直で、正義漢なんだ。
「私を脅すつもりかね? 残念ながら、私たちは生まれる前からの許嫁で、華那は成人している。何も問題はないのだよ」
「そ。少年が何を言ったって、βの未成年とαのエリート、どっちの言い分が通るか分かるでしょ。もう、綾人の事は諦めなさい。あんまりしつこいと、適当な理由で退学させる事だって出来るんだから」
言葉が、ぽつりと零れた。
「……退学にしろよ。俺が転校したって良い。もう、あんたには会わない……」
言葉と一緒に、不意にボロボロと涙が溢れ出た。麻痺して冷たくなっていた感覚が、体温と一緒に戻ってくる。
「あはは。ほらー、やっぱり少年、綾人に本気になってんじゃん。子供は、遊びと本気の区別がつかないんだから、手を出しちゃ駄目だって」
「そうだな。子供っぽい純愛なんて、こりごりだ。やっぱり華那の身体は、最高だ」
目の前で、俺の頬を包み込んでくれていたゴツゴツした男っぽい拳が、華那の豊満な胸を揉む。
「やぁ・ん」
恥ずかしげもなく、華那が喘ぐ。
俺のだった。ついこないだまで、俺のだった逞しい腕が、華那をかき抱く。
ミニスカートを捲り上げて下着の中に手が入った所で、綾人はハッキリと囁いた。
「愛している、華那」
「華那も……綾人」
涙を零しながら、地面に縫い止められたように動けなかったのが、紛れもない愛の言葉を聞いて、弾かれたように部屋を飛び出す。
『愛している、四季』
まだ覚えてる、口付けの熱。あれが、遊びだったなんて。
滲む視界を拭いながら、保健室まで走った。
保健の先生は居ない。都合が良い。
「暑い……」
思わず、呟いていた。
急激に体温が上がって、足がもつれる。
――ドクン。
身体の奥が、脈打った。
「う……!」
俺は自分の身体を抱き締めて、一番奥のベッドに倒れ込んだ。
でもそこには運悪く、いつかみたいにシィが眠ってた。
時季外れの発情期は、二回目だった。
離れなきゃ……人の居ない所に行かなきゃ。
だけど気が付いた時には、焦点の合わない目をして、シィが覆い被さってきた。
「……四季くん……」
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