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第29話 職員室

 俺は呆然と、その写真を眺めていた。  日付と時刻が入ってる。今日の日付、時間は一時間半ほど前だった。   「綾人……」  あの甘ったるい香りは、華那の香水? 華那を抱いたその足で、俺に会いに来たのか? 『許してくれ』  繰り返し発された言葉が、脳裏を掠める。  ……事情があるんだ。簡単には、華那が諦めないから。 「っく……」  だけど。雫がポタリと、写真の中の綾人に落ちる。  男は、好きじゃない女とでもセックス出来るって、テレビでやってた。好きじゃないんだ。綾人が愛してるのは、俺だけ。  でも。涙が止まらない。 「四季、ご飯よ」  ノックが響く。  俺はしゃくり上げそうになる声を抑えて、怒鳴った。 「要らねぇ!」 「どうしたの、具合でも悪いの?」 「買い食いした!」 「まあ、四季ったら。今日だけよ? ちゃんとご飯、食べなさいよ」  平和な声で、母さんはリビングに戻っていった。 「っく……ふ……」  二時間くらい泣いて、ふと冷静になって綾人の言葉を思い出す。 『別れるつもりだったが』 『俺のエゴだ』  それは、どういう意味だろう。  俺とは、別れるつもりだった? でもハシユカの写真で嫉妬して、別れがたくなった?  枯れるまで泣いて、もう涙は出なかったけど、その考えが鉛を飲んだように胸を重くする。  綾人。会いたい。綾人が俺と添い遂げられないなら、せめて初めてを綾人に捧げたい。  Ωは、初めてをレイプで奪われる事が多い。  どうせ体験するなら、綾人としたい。    風呂で、前回の発情期の時以来、後ろを弄って自慰をした。  綾人の事を思って。  生理的なものではなく、悲しみの涙が頬を伝った。     *    *    *  ――ピコン。  眠れずにいた所へ、メールの着信音が響く。午前零時。  緩慢に画面を見て、俺は目を疑う。綾人からのメールだった。  もどかしく開くと、動画が添付されてる。文面はなし。  不思議に思いながらも、動画を再生する。 『あっ・ぁん・イイッ・綾人ぉっ』 『華那……華那、イく……っ』 『ぁあん・もっと、綾人……っ』 『華那、愛している……!』  十五秒くらいの動画だったけど、何が行われてるのか理解するのは簡単だった。  綾人が……華那を抱いてた。白いベッドの上に、肌色の人物が二人。  横からのアングルだったから、挿れてる所は見えなかったけど、腰を押し付け合って達する瞬間が映ってた。    綾人……綾人……。  俺は信じられない光景に、半ば失神するように眠りに落ちた。     *    *    *  学校にも、何処にも行きたくなかったけど、明らかに病気じゃない限り、母さんは俺を送り出す。  Ωだとバレないようにする為だ。  一度『学校に着いた』事実を作らないと、サボリで家に連絡が行ってしまうから、俺は気怠く歩く。  二時限目が終わる頃、学校に着くように。  それなら、綾人と鉢合わせる事もないだろう。色々と『忙しい』みたいだし。  学校に着いたら、ハシユカが寄ってきた。   「四季、手紙見た?」 「アん?」 「茶色い封筒」  写真は、こいつか……! 「まだあるんだけど」  三時限目のチャイムが鳴る。ハシユカは俺にまた茶封筒を押し付けて、窓際の席に去っていった。  現国の食パンメンが入ってくる。  でも手にした茶封筒を見詰めて動けないでいる俺に、叱咤が飛ぶ。 「四季くん! 席に着いて!」  俺は返事も出来なかったけど、ノロノロと廊下側の席に着いた。  見なかった事にすれば、また傷付かなくて済む。そう思って、真ん中から破ろうとした。何回も。  授業なんか、耳に入りゃしない。  ついに俺は、封を破って中を覗いた。また連写の写真が、二十枚くらい入ってた。  一枚目は、肩を組む写真。二枚目は、身を寄せ合う写真。三枚目は、キスする写真。と続いて、やっぱり最後はラブホテルに消える写真だった。  日付は、昨日。俺と別れたすぐ後(あと)の時刻。  綾人は昨日、華那を抱いて俺に会いに来て、その後また華那を抱きに帰ったんだ。  机の下で写真を見て俯いていたから、それに気付かなかった。 「四季くん、授業中に何を見てるんですか。没収します」  ハッと思った時は、もう遅かった。写真は食パンメンの手に渡り、被写体に驚いた後、重々しく発された。 「授業が終わったら、職員室に来なさい」

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