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03宿泊亭

 すっかり日が落ちた街並みは数年振りに晴れた夜を祝うかの様に何奴も此奴も男女二人連れで逢引をしてやがる。  安吾っつう糞丸眼鏡が云った通り、宿泊亭の一室に太宰は居た。どうりで幾ら捜しても見つからねェ筈だ。此処は政府の膝元じゃねェか。  部屋番号は合ってる筈なのに扉を開けると中は暗闇。電気を付けねェ儘奥の寝室へ向かえば、寝台に腰を下ろす人影に足を止めた。 「――太宰?」  窓の外の灯りに唯視線を送る其の人影は、俺の声掛けにびくりと震えそして振り返った。  太宰だった。  部屋が暗かろうが外からの僅かな灯りで解る頬を伝う涙。  俺の呼び掛けに太宰は振り返った。然し其れは、最近の彼奴とは違う玄い玄い瞳の色だった。俺の呼び掛けに気付いて振り返った筈なのに、太宰は何も話さない。静かに頬を伝う其の涙でさえ闇色なのでは無いかと思える程、奴は『黒』に侵されて居た。 「太宰」  もう一度、名を呼んだ。矢張り返事は無い。 「太宰ッ」  呼ぶと同時に奴の肩を掴んで寝台へと引き倒す。驚きやしねぇ。『予想通り』とでも云いたいかの様に其の玄い瞳で俺を追う。  ――眠り姫なら此れで目を醒ますんだがな。  顎の下に指を運び顔を上げさせて、逆さまから口付ける。唇すらも動きやがらねぇ。起きろよ、いい加減。 「オイ、太宰」 「……七夕に、幾ら望んでも逢いたい人に逢えないんだ」  ――逢いたい人 「オイ手前、そりゃあアレか?」  ――「本当に、何もご存知無いんですね貴方は」  丸眼鏡が態々俺に云って行きやがった。――太宰が忘れられない男。織田作之助。  其の時、如何して俺に頼らなかった?如何して何の相談も無く黙って姿を消した?そして今も未だ何故  ――居ない男の事を思って涙を流す? 「太宰、俺を見ろ」  太宰の視線は確かに俺に向いて居る。しかし太宰は俺を見ては居ない。 「俺にはお前しか居ねェんだよッ……!」  お前にとってはそうで無くても。  俺だけを見ておけ。お前の中は何時でも俺で一杯にしておけ。  感情の色を欠片も見せない瞳をした太宰の頬を拳で殴った。鮮赤がシーツに飛ぶ。其れでも太宰は帰って来ない。  ――嗚呼、解った。手前は、もう。  ぎしり、寝台が軋む音が室内に響く。太宰の上に乗り、見下ろしても表情は変わらない。  ――逝きたいんだろ?  俺じゃない誰かの処へ。なら、其れで善いじゃねェか。痛々しく汚れた包帯が巻かれた其の細い首に、両手を滑らせる。  ――俺も手前の居ない世界には未練が無ェわ。だから、一緒に逝こうぜ太宰。

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