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切欠
「だからあ、訊いて居るかい国木田君?」
「――嗚呼、勿論ちゃんと訊いて居る」
「酷いんだよ? 中也ってばさあ……」
其の日も私は飲み屋で国木田君に唯愚痴を訊いて貰って居たんだ。あの日は確か徹夜明けの中也に無理矢理何度も抱かれて歩くのもやっとの時だったかな。
「私は三回迄と云ったんだ! なのに中也ったら五回も!」
「仲睦まじくて善い事では無いか」
周りに如何見えて居たとしても、私の心は既に限界を感じていた。
中也は自分勝手に動き過ぎる機雷が有る。其の上私の都合等何時もお構い無し。最近の楽しみは私の傷口を開く事らしい。塞ぎきらない傷口に指をねじ込んで、何度も何度も傷口を開く。そして新しい傷を短刀で付けて行く物だから、自殺未遂以外での傷痕が其の都度増える。
私は自殺主義者なだけで被虐的嗜好を持ち合わせて居ないから痛いのは余り好きでは無いのだけどね。
そんな時に国木田君がふと漏らしたんだ。
「太宰、俺にしないか?」
何かの冗談かと思ったよ。あれだけ理想を掲げる理想主義者の国木田君が真剣な顔をして私を見ていたんだ。
「またまた~私なら簡単にヤれると思ったのかい? だがお生憎様だね、此れでも身持ちは――」
「太宰」
そう云って、掴んできた国木田君の手は、とても暖かかったんだ。
「俺ならお前を絶対に泣かせない」
君も、同じ科白を何度も云って呉れたよね。
――国木田君に抱かれて居る間、君の事を少しだけ忘れる事が出来たんだ。
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