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第1話
西の空が薄紅色に染まり、雲の隙間から目映い光りを散らしている。
その様子を3階の窓からぼんやりと見れば、もうすぐ授業の終わる時間。
ここは、市街地の少し高台に建つ、中,高一貫教育の学校。私立 海星(カイセイ)学院といって、この辺りでは有名な男子校の進学校だ。
そこの3階の窓から、外を眺めている僕の名は、佐々木 歩 (ササキ アユム)。
今、僕の回りには人がいない。
この部屋は【カウンセリングルーム】
学院の中にあって、僕の唯一落ち着ける場所だった。
カチャ、ギッ……パタン
「掃除の時間が終わったけど、どうする?帰るか?」
そう言って入ってきたのは、高校生を受け持っている有沢(アリサワ)先生といって、時々数学のわからない所を教えてくれる男の先生。
小柄だけど、柔道をしていたらしく胸板の厚い人で、父親のいない僕には、その逞しさが安心感を与えてくれた。
「…はい、帰ります。」
そう言うと、テーブルの上に置かれた箱庭(ハコニワ)を移動し始める。
「今日の作品?」と聞かれ、コクリと頷いた。
僕が、この学院に入ってから3年目で覚えたこと。それが、この箱庭作り。
50cm四方の箱の中に撒かれた砂の上に、自分の好きなように人や動物や、家、木、乗り物などを配置していく。
今、目の前にあるこの箱庭の中が、僕の心を表しているらしい。
「適当でいいよ。後でカウンセラーが仕舞いにくるだろう。」
「…はい。」
椅子に置かれたカバンをゆっくり持つと、「さようなら」と会釈をして、部屋を出た。
「気をつけて帰れよ?」
有沢先生の声を背中に受けて廊下を歩いて行くと、階段の所に見知った生徒が立っていて、僕に気づくとニッコリ微笑んだ。
僕より背の低い、丸顔で眼鏡をかけたその子は、嬉しそうに近寄ってくると
「アユムくん、今日の帰りに買い物付き合ってくれる?」
僕のカバンに手を添えて言った。
「…ウん、…いい、けど。」
僕は、人からお願いされると断れない。
彼の名前は、日下部 翔馬(クサカベ ショウマ)
僕の同級生で、同じく〔教室に通わない生徒〕のひとりだった。
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