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第128話 最終話
中学生活最後の時期を迎え、カウンセリングルームでの勉強もあとわずかとなった。
日下部くんに、海星学院を辞めると話してもあまり驚かず、どうしてだろうと思っていると、友田さんたちと知り合い、少しずつ変わっていく様子を目の当たりにして、想像したと言った。それほどまでに、僕は変わったんだろうか・・・・
確かに自分でも感じることはある。
前の様に下ばかりを向いて歩くことが無くなった。
すれ違う人の目が僕を捉えると、必ず視線を逸らし、目の色を見られることに敏感になっていた僕。
なのに、僕のブルーの瞳を花の名前に例えて、綺麗だといって見つめた友田さんが、自信をくれたんだ。もっと見せてほしいと言われ、僕は段々上を向くようになった。
それに、お父さんの出現で、あの瞳の色は僕にくれたギフトだと分かったんだ。
遠く離れていても、確実につながる僕らの瞳の色が、決して他人ではないと物語っている。それが分かると、僕はお父さんがくれたブルーの瞳が誇らしくもあった。
三人で行った初詣。そこで言われた「素敵な家族。」という言葉が、僕の中の魂を揺さぶる。僕は生まれた意味を知り、帰る場所も分かった。
後は、自分の道を探すだけ。この先の長い道のりを一緒に過ごしたいと思う人に巡り会い、もちろん何の保証もないけれど、僕は友田さんと歩きたい。
今は手を引かれていても、いつかきっと肩を並べて歩けるように、そんな大人になりたいと思う。
- - -
「アユムくんと一緒に帰れなくなるのは寂しいけど、時々は三田駅で待ち合わせしようよ。それとも、友田さんたちと居る方が楽しいかな?!」
日下部くんが、春の風を受けながら言った。
手にした中学の卒業証書には、少しだけ僕らの哀愁が刷り込まれている。
三年間、あまり変わり映えのない毎日だったけど、その中でも僕らはいろんな思いをしてきた。混沌とした毎日の中でも、わずかな変化に一喜一憂しながら過ごしたんだ。
「僕、日下部くんと友達になれて良かったよ。これからも友達でいてほしいんだけど・・・。三田駅での待ち合わせは歓迎するし、あのお店にも付き合うからさ。」
そう言って微笑むと、日下部くんも目尻を下げる。
「よろしく。」
「うん、こちらこそ。」
僕らはそう言って握手をした。
後ろから僕らのお母さんたちが、笑い声をあげながら歩いてくる。
ここでも、新たな出会いがあったようで、意気投合した二人は、共にシングルマザーとしての ”あるある” を語り合っていた。
駅に着くと、僕らは互いに手を上げて別々の方向に歩き出す。
今日で最後だけど、今日から始まる新たな世界。
短い春休みが終わると、僕は新しい制服に身を包んだ。
伸びた髪を短くカットして、鏡の中の瞳の色を確かめると、なんだか力が湧いてくる。
- お父さん、行ってきます。
心の中でそう言って、自分の頬に気合を入れる。
三田駅から乗り換えた電車に揺られ、港南工業高校へと向かう。
電車の中でも、何人かの人が僕の顔をじっと見るが、もう俯くことは無い。
僕はまっすぐ窓の外を眺めては、移り行く景色を楽しんでいた。
屋根の上の〔風見鶏〕の様に、新たな風に向かい立ち、この景色を友田さんも見ながら通っているんだと思うと嬉しくなった。
今日は入学式。
お母さんは仕事で出席できないけれど、行く前に僕をギュっと抱きしめてくれた。
嬉しいような、恥ずかしい様な、そんな気持ちで家を出てきた僕は、こうして一人で立っている。周りには、同じ新入生だろう生徒がたくさん乗っていて、それぞれに緊張の色が隠せない。そんな中で、僕だけが、ふふん、とニヤケてしまうのは・・・・・・
古びた校門に立てかけられた〔新入学おめでとう〕の看板。
その横に、長テーブルが置かれている。
テーブルの上には、新入生の胸につけるリボンが。
僕がテーブルの前にたどり着くと、目の前の上級生がリボンを手に立ち上がった。
「入学おめでとうございます。」
そういうと、僕の胸にリボンを付けてくれる。
「ありがとうございます。」
僕は、チラッとリボンに目を落とし、それからゆっくりとその人の顔を見る。
目の前で微笑むのは、2年生になった友田さん。
「おめでとう、アユム。」
「うん。」
僕らは互いに見つめ合うと、ゆっくり身体の向きを変えた。
ここから始まる僕らの未来。
一歩ずつ、足元を固めながら、また一歩。
友田さんと僕の、新しい扉が今開いた。
----------完結-----------
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