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第1話
(疲れた…)
今日も残業でヘトヘトのオレは、引きずるような足でコンビニに入り、遅い夕飯である弁当を手にレジへ向かった。財布を出そうとして鞄を開け、驚いたオレは思わず三度見してしまった。
(なに…いつの間にザクロが…?!)
毎度おなじみのあの赤い果実が、携帯電話やファイル、手帳などに混じって鞄の中に入っていた。
周囲を見渡しても、ミスターRや〈俺〉はいない。なぜこんな所にザクロがあるのかは謎だが、とりあえず弁当の代金を払ってコンビニを出た。
弁当を食べてから、鞄の中のザクロを取り出した。その途端、皮が弾けてルビー色の実が、その艶やかな粒をさらけ出す。まるで食べてくれと言わんばかりに。
もしや、こいつを口に入れると、いつもみたいに赤いカーテンの部屋に変わって、黒眼鏡と黒ずくめの男が現れるのでは。
そして、眼鏡をかけた〈俺〉もいて、オレははあいつに縛られて――
いやいや、別にそんなことを期待してるんじゃないぞ! ただ、食後のデザートとして! 最近、ビタミン類があまり摂れてないし!
恐る恐るオレは、赤い実を何粒か口に入れてみた。よく熟れてて甘酸っぱい。うん、おいしい。ザクロなんて久しぶりだ。いや、フルーツ自体が久しぶりだ。先月、本多と飲みに行ったときの、唐揚げについていたレモン以来だ。
そんなことを考えながら食べていたら、いつの間にか丸ごと一個をペロリと平らげてしまった。
“こんばんは~”
…
……。
という声は聞こえなかった。赤いカーテンもなく、オレの部屋そのまんま。
まさか、寝ようとしてベッドに入った途端に――
いや、別に期待してるわけじゃないぞ!
とにかく、今日は疲れたから、シャワーを浴びて寝る!
目が覚めたら、朝だった。結局、あの怪しい部屋も現れず、〈俺〉も出てこなかった。
少し拍子抜け――いや、快眠できてすっきりした気分で、俺は出勤の支度をした。
外回りに行く前にパソコンでメールチェックをしていたら、本多に資料を貸してほしいと言われたので、引き出しを開けた。
「……」
「どうした、克哉?」
引き出しの中の“ブツ”を見て固まってしまったオレに、デスクの向こうから本多が不思議そうに覗きこむ。
「いや、なんでもないっ。資料だよな…はいコレ」
ファイルを出すと同時に、別のファイルでさりげなくその“ブツ”を隠した。
「おう、サンキュー」
ファイルを手に、本多は外に出た。
ほうっと安心のため息をつくと、引き出しから赤い“ブツ”を出し、外に出て屋上に向かった。
誰もいない屋上で、空に向かって、今度は困惑のため息をついた。
(昨日から、一体どうしたんだろう)
まあ、こんなことは今に始まったことじゃない。
とりあえず、このザクロは片付けておかないとな。
べ、別にこんな人気の無い所に来たのは、あいつに何かをされるからとか、期待してるんじゃないからな! 会社でザクロなんて食べてると、変な奴みたいだからだ!
タイミングよく弾けてくれた、光り輝く実を食べた。青い空を眺めながら、赤いザクロ…。
……。
やはり、昨日と同じ。あいつは出ない。
もしかして、階段の所にいるんじゃあ…と覗いてみたけど、いない。
後で、忘れたころに出てくるのかな…。
いやいやいや! 出てきてほしい訳じゃないからな! 仕事中に来られたって、迷惑なだけだからな!
ヤバい、先方との約束の時間に間に合わなくなる。オレは急いで階段をかけ下りた。
週末の夜は、八課のみんなで居酒屋に来た。大口の契約が取れたお祝いだ。オレが取ってきた仕事だが、本多がサポートしてくれたおかげだ。
「やったな、克哉!」
と、本多がジョッキを持ったままオレの背中を叩く。
「本多のおかげだよ。オレ一人の手柄じゃないって」
片桐さんも満面の笑顔だ。いつもは肩身の狭い八課が、社長に褒められたんだからな。
「佐伯くん、本多くん、みんなもお疲れ様でした」
銘々、ジョッキやグラスを掲げて乾杯。
しばらく飲み食いして、少しほろ酔い気分になったオレはトイレに立った。
ズシリ。
スーツの上着のポケットに、なにやら重みがある。見ると、ザクロが入っていた。これで三度目だ。どうして知らない間に、こんな物が入ってるんだろう。
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