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最終話 青い薔薇の花言葉
清涼が目覚めてすぐに声を掛けて来た男は……自分は星乱という名で降夜の古い友人だと言った。そして、君が降夜の騒君か……!そう言って、面白そうに笑った。
青い……美しい薔薇の中で、その男はあまりにも不気味な存在感を放っていた。
死すら恐れない……そう思っていたはずの清涼ですら、背筋を走る寒気を振り払えないのだから。
「……なあ。ここは…どこなんだ?あの世との境目…ってことか?」
星乱の言葉に、未だに何が起きたのか理解できていない清涼はそう尋ねた。
そう……清涼は、変わり果てた降夜を胸に抱いたまま……心臓を剣で突き刺して死んだはずなのだ。
地面に倒れるときの衝撃も、身体の痛みも……なにもかもを、こんなにもはっきりと覚えていたのだから。
「いいや…?ここは、降夜が植えた薔薇が咲く…森の中だよ。この青い薔薇は…始祖吸血鬼の血を受けてたった一晩だけ咲く幻の花さ!君が流したその血で白い薔薇は姿を変えた…おめでとう!穂村清涼。君はたった今、降夜の眷属になったんだよ。どうやら、君は…古い人狼の血を引いているみたいだ。黄金の人狼…かつて神とも呼ばれた古い魔族の血が、降夜が最後に流した血を浴びたことによって、君は始祖吸血鬼の力を受け継いだ吸血鬼となった」
これは今までにない、非常に稀なことだよと言って……星乱という男は楽しそうに笑ったのだった。
「そんな…馬鹿な…!!」
どうして……?アイツは……降夜は自分の眷属を作れない……そう言っていたのに。だから……俺に置いていかれるよりも、先に死にたいと……!
「うん。勿論知っているよ?だって降夜と取引したのは、この私だからね!彼が架希王神駕を殺したい…そう願った時は、まあ…それほどの事をする為には結構大きな代償が必要だと言ったのに…好きな物をなんでも取ればいいと言った降夜は、本当に変わってるなあとは思っていたけど…まさか、その彼が唯一選んだ人間が…君みたいな、さらに変わり種だとは流石の私も驚いたよ!」
清涼は、のほほーんとした顔でとんでもない事実を語った男を、睨み付けると怒りの咆哮を上げた。
「お前が…!お前がアイツから…その力を取り上げた所為で…!降夜は…!」
あんなに、悲しい……降夜の命の終わり方を見れば、恨み言の一つも言いたかったのだ。
でも……それは唯の八つ当たりだと言う事が、清涼にも分かっていた。
降夜があんな最後を選んだのは……やっぱり清涼の所為なのだ。
「うん。私の所為だねえ…でも、流石にこればっかりは…私でも分からなかったよ?まさか眷属を作れない筈の降夜が、君を眷属に出来るなんて!そして……」
そう言って、星乱は目をパチパチと瞬かせた。
一体なにが……?
清涼が疑問を口にする前に、それは清涼の頭上にボテッ……と落ちて来た。
「フォール!!お前…は!」
清涼は、溜息を吐いて……頭の上でもがく、小さな蝙蝠を掴みあげて、一体なにしに来たんだと言った。
「……そうか!降夜は神駕から使い魔を引き継いでいたね…やあ、椿…それと銀月!君達は…今度は、清涼の僕になるんだね。あ…降夜は別の名前を付けていたっけ…?」
星乱のその言葉に、清涼は驚いて……目の前にぶら下げた小さな蝙蝠を見つめ……そして、いつの間にか自分の足元に寄り添う銀色の狼を見たのだった。
「お前達…!そうか。ごめんな…?降夜を助けてやれなかった。寂しいよな…?お前たちは…俺よりも長くアイツの傍にいたんだもんな…」
清涼は、自分を見つめる二匹にそう言った。
長い間……眷属もいない降夜の傍にずっと寄り添っていた彼の友人達に……謝る事しか出来なかった。
寂しい……悲しい……そういう感情を彼らが持っているかは、清涼には分からなかった。
でも……いつでも、降夜が話しかけながら彼らを撫でる指先は優しさに溢れていた。それを、感じられない訳はないだろう……そう思ったのだ。
「降夜…はいない…でも…消えていない」
キーキーといつも鳴いている小さな蝙蝠が……清涼の目を、くりくりとした丸い目で見つめて……初めて喋った。
その声に、清涼は驚いた。
いつものように降夜の声ではなく、聞いたことが無い声だったからだ。
子供の声の様な……幼い感じだった。でも、その声が話した内容にもっと驚いた。
「降夜が…消えていない?どういうことだ?」
小さな蝙蝠に尋ねると……今度は答えは返って来なかった。
「うん。その子…フォール君だったよね!その子が言う事は本当だよ?降夜は…死んだけど、どうやら人間に生まれ変わるようだよ。いやー流石にこの私でも、吸血鬼が人間に生まれ変わるなんて事例は、見たことも、聞いたこともないから吃驚したよ!多分、本来交わるはずのない血が合わさったことによる、完全なイレギュラーだろうね。さて…君はどうする?降夜はいつかまたこの世界に帰って来るよ?今度は人間としてね!」
長い長い時間をかけて、魂の浄化が済んだら……記憶も失うだろう。君の事も自分の事すら忘れて……それでも、それは降夜だよ。君が選んだ、唯一人が戻って来るだろう。でも、それを待つには、人間の寿命では足りない……だけど、君にはその方法が与えられた。
何故なら……この青い薔薇の花言葉の最後の一つが……夢は叶うというものなのだからね!
青い薔薇の中で死神はそう言って、清涼に何を望む?と微笑んだ。
きっと君の願いは叶う……そう約束した男に清涼は自分の答えを見つけたのだった。
たとえ……この身が呪われた悪魔になったのだとしても、人の生き血を啜り生きていくことになったとしても……それでも、彼を再びこの手に取り戻したい。
偽りになってしまった……あの約束を……!ずっと一緒にいると誓った言葉を。今度こそ守って見せると誓ったのだった。
「そういえば…初恋は実らない…そういう言葉が人間の世界にはあるんだってね?でも…我々からしたらそんなことはない。そう言い切れるんだよ。だって…何度でもやり直すことが出来るんだからね!相手が死んでも…また、巡り合えばいいだけの話だもんね!私もそうやって彼女と結婚したんだよ?死神の妻など死んでも御免だ!何度も何度も…そう言って死んでしまった彼女を、また捕まえて…結婚してくれって言い続けて…ほら!今じゃ誰もが羨むおしどり夫婦さ!ね?房枝!」
そう言って、星乱が隣に立つスラリとした姿の美しい女に同意を求めたが……
「……もう、いい加減面倒だったから、諦めただけよ…?」
冷たい声でそっけなく返されたその言葉に、ちょっとだけがっくりして……もう……!相変わらず照れ屋なんだから!と懲りずに微笑んだ。
そうか……初恋は実らない……か。
清涼は、その言葉を聞いたことがあったけれど……
まさか……二度目以降も初恋と呼ぶとは知らなかったな?と言って……笑ったのだった。
嘘つき1 死にたがりの吸血鬼 完。
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