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第1話
私にとって手はとても大事なものだ。どんなものを奪われたとしても手だけは奪わないでくれと願いたいほどに。
何故なら私は医師という職業についていて毎日のように手術を行っているからだ。
私がこの手で救える命なんてほんの一握りでしかない、救えない命の方が圧倒的に多いのだ。
どんな命も尊いもので失わせたくないと願うけれど、叶わない事が多い。
それでも医者を辞めたいと思った事は一度もない、辛いことも多いけれど。
私はこれからも医師を続けるつもりだ、
「神崎、少し良いか?」
「ん、なんだ手短にしてくれよ。この後手術が入っているんでな。」
私に話しかけてきたのは朝比奈英司という内科の医師だ。
人当たりが良く頼りがいがあるからナースや医師の間で評判が良い。
それに比べて私はぶっきらぼうでとっつき難く怖いというイメージを持たれている。
両極端の二人が出会ったキッカケは大学の医学部で同じ講義を受けていたことだ。
朝比奈は友達が多く大学生活を楽しんでいる様に見えた、私はただひたすらに医師免許を取る為に誰とも関わらず授業と勉強を熟す毎日を送っていた。
何が彼の目に留まったのか一人食堂で昼食を取って居たら声をかけた来たのが初めての出会いだった。朝比奈と大学卒業後に職場まで同じになるとは思っていなかった。
大学を卒業して明神総合病院に勤めて7年間共に仕事に励む日々を送っている。
「306号室の布井さんの事なんだけど、胃に痛みを訴えているようで気になった。」
「なるほど、分かった。前回の手術で腫瘍の摘出は出来る範囲で行ったが隠れていた癌があったのかもしれんな。至急、検査を急がせる。」
「あぁ、そうしてくれ。それから、今日は早く上がれそうなのか?」
朝比奈と私は現在病院の敷地内にある社宅と言われる寮に住んで居る。
食事など共に行う仲ではあるがそれ以外の何ものでもない、友人なのかどうかも分からない。
私の中ではただの同僚でしかない。朝比奈は私を友人と思っているのだろうか。
「分からない、断定はできない。NICUに気になる患者もいるからな。」
「そうか、分かった。もし早く上がれそうなら連絡をくれないか?久々に飯でも食おう。」
「分かった、あまり期待しないで居てくれよ。」
また女にでも振られたか、彼は院内問わずにモテるから女に困ってる所を見た事がない。
だが激務の所為なのか朝比奈に問題があるのか分からんが振られることも数多くあるのだ。
医者と言うだけで寄ってくる女に私は興味が無いのだが、朝比奈には違うようだ。
色恋沙汰には昔から興味など無かった私には縁遠い話なのかも知れない。
そんな事を思いながら私は手術室へ向かうのだ。
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