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第1話
部屋を出てすぐ隣の部屋のインターフォンを鳴らして朝比奈からの返答を待つ。
朝比奈はいつも手料理を振る舞ってくれる、手料理はどれも美味しい物ばかりで女にも振る舞っているのかもしれないな。
「はい、今開けるよ。少し待ってね。」と返答が帰ってきたので扉の前で待っている。
ガチャっと鍵の開く音が聞こえて扉が開かれる。
中から良い匂いがして私の鼻を掠める。
「すまないな、こんな時間に来てしまって迷惑でないだろうか。」
「そんなはずないでしょ、期待するなって言われたけど俺が待ちたくて待ってたんだよ。」
どうぞと中へ通されいつもの様にソファに腰掛ける。
朝比奈は俺を招いて直ぐに料理の途中だったのかキッチンへと向かった。
私の部屋のキッチンはフライパンや包丁の一つも無い、手料理を作れないからだ。
朝比奈は独学で料理を身につけたのだろかそれとも過去の女性に教えて貰ったのだろうか。
何か考え事をしているのではないかと悟られたのか朝比奈が話しかけてきた。
私は沈黙が嫌いではないが朝比奈は落ち着かないようだ。
「的場さんの手術どうだった?成功したんだよね。」
「あぁ、問題ない。経過観察を怠らない様にしなければな。」
朝比奈との会話は余り続かない、いつも話しかけるのは朝比奈の方だ。
私は人との会話があまり好きではない、沈黙の方が好きなんだ。
こんな私でもこうやって部屋に招いてくれるのだから好意を持ってくれているのだろうか。
「出来たよ、今日はね鶏肉のグリル焼きとミネストローネとサラダに簡単な副菜を作ってみたよ。」
「そうか、手間かけさせたな。出前で十分だぞ。」
「それじゃいつもの食事と変わらないでしょ、一緒に食べる時はなるべく温かい食事をしたいんだよ。」
心のこもった温かい食事など朝比奈が居なければ食べることは叶わなかっただろう。
実家での母の手料理は私にとっては決して温かい物ではなかった、居場所など無かったのだから。
「気を遣わせているな。」
「そんな事ないよ、俺が好きでしてるんだから。気にしないでよ。」
皿に盛った料理がテーブルに並べられる。熱々で湯気の立った食欲をそそられる料理だ。
手術で疲れたのか恥ずかしながら空腹を感じている。
朝比奈の手料理は栄養を考えられているようで色とりどりで見るからに美味しそうだ。
「さ、食べよう?味は保障するからさ。」
「あぁ、いただくよ。」
二人で手を合わせて合唱し食事を始める。
味は文句なく、とても美味しい。
贅沢な時間だと感じる、医者は不規則だし辛いことも多くあるが又こうして食事が出来るなら頑張れる。
私と朝比奈に共通の話が出来る趣味などない、そもそもこうして食事をしているのも朝比奈が大学時代に話しかけてきてくれたのがきっかけだったから話題がない。
「神崎さ今度の連休どうするの?」
「どうするとはどういう事だ?」
連休が取れることが珍しい、貴重な休みだが特に予定はない。
自室でのんびりと過ごすくらいだろう。
「予定でもあるのかと思って聞いただけなんだけど。」
「特にない、そういう朝比奈は何かあるのか?」
「実家に帰ろうかなと思ってる、連休でもない限り帰れないからな。」
実家に帰れる朝比奈が羨ましいと思った、私はもう実家に帰る事など無いだろう。
私は実家と折り合いが悪い、両親は私に関心がないんだ。兄にしか興味が無い両親に嫌気がさし大学を卒業して直ぐに実家を出た。
「そうか、存分に羽を伸ばして来ると良い。私は部屋でのんびりとしている。」
「そっか分かった、神崎も実家に帰ればいいのに。そうしない訳があるんだろうけど深くは聞かないよ、神崎が言いたくなった時に話してくれればいいから。」
食事中に話す内容ではないのかもしれない、雰囲気が悪くなるだけだ。
実家の事など朝比奈には気にしないでほしい。
気を遣われているのが分かる、朝比奈には申し訳ないが人には言いたくない事はあるはずだ。
それが私にとって実家の事で両親の事だ、これから先帰る事は今のところない。
向こうから連絡も寄越さないのだから本当に無関心なんだと思う。
「分かった、いつか朝比奈に話せる日が来ると良いのだがな。人に腹を割って話すのも苦手だ。
出来るなら話たくはない。朝比奈に気を遣わせていることは分かってる。」
「待ってるよ、俺はさ神崎と親友になりたいと思ってるんだ何でも話せる仲になりたいってね。
だからいつでも良いからね。人に心開くのって難しいよね。」
「ところで気になってる事があるのだが・・・。」
聞いてみよう、朝比奈なら嫌な顔せず答えてくれるだろう。
よくある事だしな、俺は疎いからそういう経験が乏しい。
「なに?なんか変な物顔についてる?」
「違う、朝比奈また女と別れたのか?」
「あーばれちゃったか、そうだよ今回も振られたんだよね。
医者って不定期の休みだからね。よく言われるじゃん、仕事と私どっちが大事なのってやつあれを聞かれたんだけど答えられなかったんだよね。」
よく言われるという基準が私には分からない、だが女性というのは答えに困る質問をしてくるのだな。私も同じ質問をされれば答えに困るだろう。
医者というだけで玉の輿を狙って金銭目的で迫ってくる女性も多いのだ、朝比奈はそんな女性を愛せていたのだろうか。
「極端な質問をしてくるのだな。答えに困るのは当たり前だと思う、私も答えられない。
朝比奈は女性を愛していたのか?金銭目的の女性も多くいるだろう。」
「だよね、困って答えられなかったから振られたのかもしれないね。
基本的に向こうから迫ってくる事が多いけど、好きで付き合うって少ないかな。
交際する中で好きになろうとは思うよ、でも休みも合わないことが多いしね。」
「私は医者をしている限り恋愛はしないつもりだ。結婚に夢を見るタイプではないし同じ時間を過ごすことが出来ない以上共にいても仕方ないと考えている。」
非情だと言われればそれまでなのかもしれないが女性を好きになれる自信がない。
自分の事も好きではないのだから簡単に他人を受け入れるわかない。
心を開くことはそう簡単ではないから、恋愛はとても難しい。
「それじゃあ、一生恋愛出来ないよ。結婚だって夢になるよ?
恋愛って嫌な事ばかりじゃない、良い事も沢山あるんだからね。」
「今の器の小さい私では恋愛など出来ない、まずは自分を成長させなければ。」
「あんまり深く考えなくてもいいんじゃない?付き合ってみて駄目だと思えば別れれば良いじゃない。」
そんな軽い気持ちで交際してもよいのだろうか、相手に失礼にあたるのではないだろうか。
自分を大事に自分を好きにならなければ恋愛など出来ない。
そう感じながら朝比奈とその後他愛無い会話を行い食事を終えた。
「では又明日な、手料理ありがとう。」
「うん、また明日ね。こちらこそ一人で食べなくて済むから嬉しいよ、ありがとう。」
玄関で見送る朝比奈に挨拶を交わして部屋を後にした。
何もないに等しい殺風景な部屋に戻ると思うとこの部屋で過ごす時間が心地よいのだと感じさせられる。
私にとって有意義な時間なのだと思えたのだ。
また明日からも頑張ろう、命を扱う他人の命を背負う立場の私は心が酷く疲れたと感じることがある。それを朝比奈が和らげてくれるのだ。
そんな思いを心に宿しながら自分ん部屋へと戻るのだった。
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