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第1話 漆黒の退魔師

霊を払うなら、それらの活動が最も活発になると言われる草木も眠る丑三つ時が最適だが、東雲拓真(しののめたくま)が払う――いや、消滅させるのは魔と呼ばれるこの世に恨みを残し人間に害をなすモノ――故に、丑三つ時は関係なく、依頼人との待ち合わせ時間は午後三時を指定した。 この世と背中合わせの闇の世界とが繋がり始める逢魔々刻の存在を、その呼び名を知っている人間がこの文明の発達した現代に何人いるのだろうか。そして逢魔々刻の恐ろしさを身をもって理解している人間は何人いるのだろうか。 指定された住宅地の入り口で待つ拓真の前に現れた初老の男性の目に浮かんだ困惑は全く誤魔化せていなかった。それを拓真もあえては追及しないと決めている。  全身を黒一色で固めた拓真といえば、この業界では歳も若く二十四歳。艶やかな黒髪、色男然とした顔立ちにと、とても退魔師とは見えない風貌である。  だから、皆、我慢できずに―― 「すみません、あの、あまりにお若いので。御当主がお見えになると伺っていたもので……」 内心では失礼だと思いつつも、好奇心と東雲総本家に騙されたのではないかという疑心に負けて口にしてしまうのだ。 「いいえ。私の方こそ、本家から詳細な御連絡が行き届いていると勝手に思い込んでしまって。申し遅れましたが、私が東雲家当主。東雲拓真と申します」  慣れた営業スマイルを浮かべて名刺を差し出せば、初老の男性――自治会長を務める永田というらしい――が大げさなほど恭しく名刺を受け取り、銀の箔押しで家紋の入った仰々しいそれを穴が開くほど眺め、確認するように再び拓真を見上げた。  その視線も受け流し、拓真は早速本題を切り出した。 「私がいただいた資料には、この辺りに住宅地を造る為にひと山崩した事と、その後住民の皆さんに何かしらの異変が起き続けている、という事だけですが……地鎮祭はいつ頃、行われたのでしょう?」 「い、いや、それが、その、そういうのはよく解らなくて……」  バツの悪そうな永田の顔に拓真の中で一つの可能性が浮かんだ。疑念を確信に変える為に、拓真は胸に手を当て相棒とも言える存在の返答を待つ。  ――しておらんな。地は荒ぶり、山神は弱り果て、既に魔に取り込まれたようだな――  胸から頭の中に響いた声に、拓真はやはりなと納得しつつ、土地一帯を守護地鎮しているはずの氏神の存在が気にかかる。氏神は? と問えば、間を置かずして拓真にしか聞こえない声は  ――奥の空き地の更に裏手に朽ちた社がある。まだそこでどうにかふんばっているようだが、山神を取り込んだ魔は手強いぞ、拓真。俺は出番まで休むぞ――  とのんびりとした口調で答え、沈黙した。  拓真は深呼吸を一つして、ありとあらゆる可能性を想定する。  なされていない地鎮祭。力を持ちすぎた魔。姿形も攻撃法も解らない。そして何より氏神がこの地に見切りをつけてしまう前になんとかしなければならない。 「まずは被害に遭われた方々にお話を伺いたい。退魔式は十七時から始めたいと思います」  年齢の割には多数の修羅場をくぐり抜けてきた拓真の眼光に永田は無言で頷くだけだった。

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