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最終話 惹き合った魂
二十四年と少し前、東雲の屋敷に小さな赤子の声が響いた。
弱々しく、今にも消えてしまいそうな魂の輝きとは反対に生まれ持った霊力は膨大であった。
その霊力に産まれたばかりの身体が押し負けているわけではなく、ただ単にその赤子の寿命の問題だったのだ。
親族や医師が頭を抱える中、突如赤子の枕元が発光し、輝く銀髪に赤い瞳を持った男がじいっと弱く泣く赤子を見下ろしていた。
「くれるなら、生かしてやろう」
突如現れた男の気に、その場にいたそれなりに力を持つ全員が、この男は物の怪でも魔でもない――神だ、と悟った。
「くれるのか? くれんのか?」
どんどん細る泣き声に、一番に反応したのは母親と思しき女性だった。
「貴方様にお縋りすれば、この子は助かるのですね?」
「無論」
震える声で母親がお願いします、と呟いた瞬間――白銀の大蛇がゆっくりと赤子の胸に入って行った。
途端に元気良く手足をバタつかせ、大きな声で顔を真っ赤にして泣く我が子を抱き上げると、母親はただひたすら安堵の涙を流しながら乳を飲ませた。
「人の時の流れは速いな、拓真。ふふ、あとちょっとだ。あとちょっとで、お前と永遠となれる」
呼応するように拓真の頸の痣がまた少し濃くなった事を柊漣だけが感じとり、そしてまた囁く。
「産まれた瞬間から、俺のものだ」
霊力溢れる清涼な東雲の領域は柊漣にとって心地良いものだった。
このまましばらく蛇神としてここでのんびり過ごすか、修行とやらに出て龍神となるか……ただ、何か足りない。この地にいる間に足りない物が解ればいいが――そんな事を考えていた矢先だった。
消えそうな命の灯火と反比例する霊力。時間と手をかければ、神にもなれる程の霊力。
並び立ち、共に悠久の時を過ごせる存在が現れ、そして消えようとしている。
生きてみたいと、泣いている。
気付いた時には、その子をくれと言っていた。死の淵に立たされながらも美しさを失っていないほわほわの黒髪を見ると、更に欲しくなった。
足元で人間達が、過去最強の霊力を持つ赤子の命を守る手段として突如現れた神に差し出すリスクや、この子が死ねば東雲は衰退するといった打算に頭を抱える中、柊漣は己を蝕んでいた闇に気付いたのだった。
――ああ、俺は寂しかったのか……永く永く存在し続けて、そんなモノの存在すら忘れていたけれど、俺には寂しいという感情がまだあったのか――
だからな、拓真。
呼んだのは、お前だ。欲したのは、俺。
――これからもずっと、俺だけのものだ――
無意識に頰を擦りよせ、安心しきった表情で眠る拓真をしっかりと抱き直すと、拓真の頸に指を這わせ、柊漣はゆったりと目を閉じた。
なぁ、拓真。明日もまた俺はお前の盾となり、剣となろう。
お前が神となるその日まで、あと少し。
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