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第26話 リョウヤ③
「おう。」和樹は自転車を引き出す。
「一緒に帰っていい?」
「いいけど、乗せないよ。」付き合っていた頃は、学校帰りに自転車の後ろに綾乃を乗せて、彼女の家の近くまで送り届けることがよくあった。学校の近くや大通りは二人乗りのチェックが厳しくて、通報される危険性もあったから、少し離れたところまで歩いて、人気のない裏道に入ってから二人乗り、というのが定番だった。
期待が外れたのか、綾乃は一瞬表情を曇らせたが、すぐににっこりして、「そうだよね。それじゃ、一駅分だけ、一緒に歩こ。そこからは電車で帰るから。」と言った。やっぱり顔は可愛い。
和樹が自転車を押し、その隣を綾乃が並んで歩いた。「カズくん、東京行っちゃうんだよね。」
「ああ。」
「淋しいな。」
「そうか? 知ってるぞ、B組の柴とつきあってるんだろ。」
「うん。でも、卒業したら自然消滅すると思う。」
「そうなのか。」
「そうだよ。みーんなそう。カズくんもそうだったじゃない。つきあうまではあれこれ構ってくるくせに、つきあいだすと何もしてくれない。次のデートでどこに行くとか、ランチに何を食べるとか、私が提案しないと何も進まないの。柴もおんなじ。今もね、毎日ケータイで連絡は取ってるけど、次はいつ会おうとか、具体的なことはわざと何も言わないでいたら、案の定、なーんにも提案してこない。だから、もういいの。」綾乃はよほど不満がたまっていたのか、一気にそんなことを吐き出した。
「女の子から提案したっていいと思うけど。」
「してるよ。でも、いっつもそうなのは嫌。たまにはリードしてほしいじゃない。ううん、本当は、彼氏にリードしてもらうのが基本で、たまにこっちがわがまま言わせてもらうのがいいのよね。ふつうはそうでしょ? でも、なんでだろ、私と付き合う人って、みんな私任せなのよね。」
「俺もね。」
「そうよ。」
「甘えてるんだよ。綾乃、しっかりしてるから。」
「ずるいよね。男って。」
「柴に伝えておくよ。」
「やめてよ。」綾乃は本当に嫌そうに眉をひそめた。そんな顔をしても崩れない美貌。清楚で、おっとりしているように見えるが、その実、勝気で、恋愛に関しても肉食系だ。そのギャップが魅力と言えば魅力なのだが、個人的につきあうようになると疲れる理由でもある。和樹がそんなことを考えていると、綾乃は言った。「そう言えば明日、カラオケに行く話、聞いた?」
「柳瀬が言ってた話かな。」
「たぶんそう。うちのクラスの子、何人か行くみたい。」
「俺は行かない。明日は東京だから。」
「そうなの? カズくんが行かないなら、私も行くのよそう。」
「俺は関係ないだろ。」
「だって、柴も来ないし、他の男子は仲良くない人ばかりなんだもの。宮野なんて超苦手。」
「あ、俺も。あいつ、なんか癪に障るんだよな。貧乏ゆすりしてさ、頭ふわふわさせて。」そう言って二人で吹き出した。「でも、ほら」和樹は綾乃の反応をそっとうかがいながら切り出した。「田崎が来るって。」
「田崎……ああ、リョウヤね、まあ、あの子は割と悪くないわ。でも、話は弾まない。」
和樹は耳を疑った。「綾乃、あいつのことリョウヤって呼んでるの? なんで? そんなに親しいの?」
「何よ急に。水泳部はみんなリョウヤって呼んでるじゃない。私、カズくんつながりで水泳部の人たちと話すようになって、その時みんながリョウヤって呼んでたから、私もなんとなくそう呼んでるだけよ。」
「俺は、田崎は田崎って呼んでるぞ。」
「そうだった?」
和樹は水泳部員同士の会話を思い出そうとした。言われてみれば同学年と先輩からは、自分も「カズ」か「和樹」と呼ばれていた。でも、田崎から名前で呼ばれた記憶はない。
「田崎としゃべったことある?」
「うーん、ないと思うな。何人かでしゃべっている場にいたことはあると思うけど。彼、無口だし。それに私はあんまり好かれてなかったから。」
「そうなの?」
「引退前の最後の大会の応援で、カズくんにお守り渡したことあるじゃない。他の子もいる前で渡した私がいけなかったんだけど、睨まれちゃった。みんなピリピリしてるし、神聖な大会でイチャイチャするなって言いたかったのかな。クールっぽく見えて、案外熱血体育会系なのかもね。」
このタイミングで聞くと、綾乃の解釈は間違っていると思わざるを得ない。田崎の告白を信じるなら、その時あいつは綾乃に嫉妬していたのだろう。
「綾乃。ごめん、ちょっと用事を思い出した。ここまででいいか。駅の近くだからいいよな。」綾乃の返事を待たずに、俺は自転車をUターンさせ、またがった。
「もう、本当に勝手なんだから。」綾乃は怒りはせず、呆れたと言わんばかりだ。でも、すぐにまたにっこりと美しい笑みを浮かべ「明日、東京なんでしょ。いろいろ準備あるのに、ごめんね。」と優しい言葉をかけてくれた。
「こっちこそごめん。またな。」そのまま自転車をこぎ出した。
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