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第1話

(なんだ…どこだ、此処は。) ゆっくりと意識を取り戻し、本能の赴くままに瞼を持ち上げて最初に思ったのはそれだった。 こんな高い天井は知らない。 シャンデリアが吊るされた天井など知らない。 そのシャンデリアのさらに上で、天使と鳩が飛び交っている。 美しい天井画はゆうらりと僅かに揺蕩って、まるで真にそこに天使がいるかのようだった。 優しく微笑み下界に手を差し伸べる天使に、誘われるまま手を伸ばそうとして…全身を襲った激痛に悲鳴をあげた。 「ちくしょう、なんだこれ…おい誰かいないか、ダニー!アレク!いないのか!」 あまりの激痛に指一本動かすこともままならない。友を呼ぶ声が枯れ始めた頃、トビアスは漸く諦めて抵抗をやめた。 天井の天使は相変わらずゆうらり揺蕩いながら、愛らしい微笑みを浮かべて手を伸ばしている。 それは壁面にいくつもある燭台から立つ炎の揺らめきがなすものと気付いてしまうと、途端に情緒に欠けるのだった。 トビアスが身動ぎするたびにする布団が擦れる音以外に、全くなんの音もしない。 いっそ不気味なほど静かな空間が余計に恐怖心を煽り、トビアスは自然と息が上がった。 その時。 カチャリと控えめな音を立てて、部屋の扉が開いて。その隙間から姿を見せた男に、トビアスは今度こそ呼吸を忘れた。 「ああよかった…目が覚めたのですね、トーマス。」 ゆるく一つにまとめられた真っ直ぐに腰まで伸びた白銀に輝く髪。それに負けず劣らず輝くのはビロードのような肌だ。 何よりも目を奪ったのは、まるで鮮血のような真紅の瞳。 トビアスはすぐに悟った。 これは、人間ではないと。 「2日も目を覚まさなかったのですよ、本当に心配しました…致命傷はなかったようですが、人間は微細な菌でも死んでしまいますから気が気ではありませんでした。そうだ、お腹は空いていませんか?ビーフシチューを作ったんです、好物でしょう?」 男はトビアスの頬をゆっくりと撫でながら矢継ぎ早にそう話した。とても綺麗な微笑みと、歌うような声はとても心地いい。 頬に触れた手はほっこりと温かかった。 トビアスは訳がわからなかった。 目の前の人物はまるで自分を知っているかのように話す。けれどトビアスは全く心当たりもなければ記憶喪失というわけでもなさそうだった。 どうやら人違いをされているようだが、この美しい生き物から目が離せない。 「今温めてきますから、待っていてくださいね。」 「あっ…」 ちょっと待て! そうかけようとした言葉が届く前に、颯爽と去って行ってしまったその後ろ姿の残像さえ光を帯びている。 トビアスは少しその光の残像を眺めて、状況を整理すべく辺りを見渡した。

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