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第14話「加害者:半井 基(後編)」

 放課後、(もとき)は職員室横のカウンセリングルームへ梶原弘樹(かじわらひろき)に呼び出された。  基が中へ入ると、梶原は素早く内鍵を掛けた。 「先生、眼鏡、外してよ。」  基が従順な素振りで眼鏡を外すと、梶原は行き成りスマートフォンで、その顔を写真に撮った。 「隙のない美人って感じ。」  撮れた写真に、梶原は満足気な笑みを浮かべた。 「昨日は楽しかったよね。…あんな簡単に()れるって思ってなかったよ。…Hな先生の写真も撮れた事だし、俺が飽きるまで付き合ってくれるよね?」 「俺が言うこと聞かないと、写真をネットで拡散するって展開か?」 「そうだよ。これからは強姦じゃなくて、和姦ね!」  ほぼ身長の変わらない二人で向き合うと、真っ直ぐに視線がぶつかった。 「今日はフェラして貰おうかな?」  優位に立っていると言わんばかりの梶原を、基は鼻で笑った。 「早漏のくせに?」  梶原の表情が一転して引き攣る。 「はぁ!?」 「おまえのアレ、最悪だったよ。入れて一分足らずでイきやがって!おまえなんかと誰がするかよ!」  基に罵られ、カッとなった梶原は彼の胸倉をつかんで来た。 「先生、立場分かって言ってんの?そんな事言ってると、この画像、拡散してやるからな!」  その瞬間、今までに味わった事のない衝撃が、痛みを伴って梶原を襲った。勢いよく床に倒れ込み、視線を基に走らせると、彼の手には小型のスタンガンが握られていた。 「父親が心配性で、コレ渡されてたんだけど…。今、初めて使ってみたよ。どう?」  梶原が苦痛に顔を歪めていると、基が彼のスマートフォンを奪って画像を調べ出した。 「昨日の写真、これだけ?…この写真、ちょっと俺って分からないな。…もしかして、今日、撮り直そうと思ってた?」  基は画像を消去して、未だ倒れている梶原の腹の上にスマートフォンを投げ捨てた。 「密室で生徒にスタンガン喰らわせて…。この状況で大声で叫ばれたら、先生ヤバいよね?」  尚も悪足掻きする梶原に、基は冷笑を浮かべてスタンガンを顔の前でちらつかせた。 「叫べば?俺はこの仕事に何の思い入れもない。いつでも辞めてやるよ。…おまえに強姦された事も正直に話してやる。」 「証拠消したくせに!先生の狂言で終わらせてやるよ!」 「なあ、梶原。この状況で何も準備せずに俺が来ると思うのか?」  基はスーツの胸ポケットからICレコーダーを取り出して見せた。RECの文字が表示されている。梶原は思わず手で口を覆った。  今更、遅いけど、と基は小さく洩らした。それから彼の心を抉りに掛かる。 「梶原はさ、母親がレズビアン…いや、バイセクシャルか。で、自分の部下と関係を持った腹いせに男に手を出そうと思ったのか?短絡的思考にも程があると思うけど。…どうなんだ?」 「どうして、それを?…誰にも話してないのに。」  梶原は愕然となり、震える声を発した。その顔は蒼褪めている。 「おまえが見た光景…、リビングルームだったか?そんな場所でするなって、母親に話してやろうか?」  梶原の見開かれた目に涙が幕を張り、過呼吸を起こし出した。そんな彼を見兼ねて、基は凶器をポケットに仕舞うと、彼の上半身を起こして彼の背を優しく撫でた。 「性的嗜好って人それぞれだとは思うけど、人に迷惑掛けちゃいけないよな。ましてや息子に…。」 「先…生…ッ!」 「何?」 「誰にも…言わ…ないで…。」 「いいよ。…梶原が二度と俺に手を出さないって誓ってくれるんなら。」 「誓う…。誓います…。」  梶原の呼吸が落ち着くと、基は立ち上がり、眼鏡を掛けた。 「おまえとのセックスはカウントしないから。…俺はイッてないしね。…さよなら、早漏君。」  梶原を一人残して、基はその場を立ち去った。  学校での仕事を終え、午後八時半を過ぎた頃、基は実家を訪れた。急な来訪だったが、基の父親、和彦は、当たり前のように息子を書斎へ引き入れた。特に何の会話もなく、基は着ていた衣服を脱ぎ始める。素肌が露になる直前、基が口を開いた。 「父さんはさ、俺の裸を見たら分かるんだよね?」  意味深長な言葉に、和彦は基の肌に手を伸ばし、残る衣服を取り去った。そして息を呑む。 「ねぇ、気が付いた?」  基の白い肌に、赤い跡が散らされていた。それは胸元や腹部、太腿の内側にまで付けられている。 「誰かに抱かれたのか…?」 「うん。…複数の男とね、関係を持った。」  赤い跡は羽京が付けたものだったが、基は(うそぶ)いてみせる。和彦の瞳に怒りが滲み出た。 「無理矢理だったんだろう?」 「半分はね。後は合意の上だよ。…多分これから、こんな事があると思うから、裸見せるの、今日が最後にしてほしい。」  和彦の怒りが失意の念に変わっていく。 「駄目だ…。基、それだけは…!」  和彦は基を抱き締めた。 「だって辛いでしょう?…もう綺麗だとは思えない筈だよ?」 「いいや、綺麗だよ、基は…。だから、私がいいと言うまでは続けさせてくれ!」 「俺が男に抱かれる事に関しては、問題ない訳?」 「問題なくはないが、基の体を触れなくなる方が辛いんだ…。」  基にとって、父親の返答は予想外だった。切れられて殴られるぐらいの覚悟をしていたので拍子抜けする。父親の思考が全く読めず、基は拒絶の言葉も忘れ、抱擁され続けた。 「梶原の件は片付いたんだけどね、父さんの件は失敗に終わった…。」  羽京の腕の中で、基は今日の詳細を報告をする。 「あの人の考えが分からないよ。…羽京さん、どう分析する?」 「う~ん。そこに独占欲は無くて、あるのは寵愛。だけど寵愛の域が普通じゃない。これは推測だけど、基の体が損壊されて腕一本になったとしても、叔父さんは愛で続けるんじゃないかな。」 「怖い事言わないでよ!今、凄い、鳥肌立った!」  基が白い腕を差し出すと、羽京がそこに舌を這わせた。 「叔父さんの体チェックは続くけど、跡は残していいんだな…?」 「…そうなるよね?」  羽京の愛撫が開始されると、それを止めるように基は話題を変えてきた。 「実はさ、俺、藍介(あいすけ)伯父さんに会った事あるんだよね。」  羽京は思わず動きを止めて、基を見つめた。羽京と基の母達の兄である常盤藍介(ときわあいすけ)は、ゲイだとカミングアウトしてから絶縁状態となっている人物だった。 「俺が中一の頃、常盤家のお祖父(じい)ちゃん亡くなったでしょ。その時、母さんと一緒にね、報告しに行ったんだ。…結局、お葬式には来てくれなかったんだけど。…親戚中、絶縁状態って感じにはなっていたけど、俺の母さんは伯父さんの事、理解してあげてて、たまに連絡取ってたんだよ。ああ、あと、長兄の晴臣(はるおみ)伯父さんも。こっそりね。」  羽京は少しだけショックを受ける。自分の母親は実の兄である藍介を酷く軽蔑していた。それを当たり前だと受け入れて育った自分が急に恥ずかしくなった。 「伯父さん、どんな人だった?」 「恰好良かったよ。…繊細な芸術家って感じだった。」 「基をモデルにしたいとか言って来なかった?」 「言われた。…写真を数枚撮られたよ。」 「まさか、ヌード?」 「ヌードじゃないよ!…今度、観に行ってみる?」 「作品になってるのか?」  基は恥ずかしそうに頷いた。 「もうひとつ、報告があるよ。…俺の母さん、俺が羽京さん好きだって気付いてた。」  その一言に、羽京の心拍数は急上昇し、嫌な汗を掻いた。 「…話したのか?」 「昨日、帰り際に急に訊かれて、つい正直に言ってしまった。…羽京さんなら、いいって言ってたよ。」 「美月叔母さんが?」 「そう。母さんは俺と父さんの関係、疑ってたから…。羽京さんの方がいいって思ったんじゃない?」  羽京は不意に目頭を押さえ、それから涙を零した。それに気付いて基は面食らう。 「認めてもらえると、嬉しいな…。」  基は微笑むと、彼の頬に口付けた。 「俺はさ、基。…軽佻者(ハルトローゼ)や、一時的な気の迷いで同性愛に悩んでる患者がいた場合、徐々に性愛対象を異性にスライドさせていく治療を勧めてきた。治療困難とされている自我親和性同性愛者だったとしても、出来るだけ治してやる気でいたんだ。それが救いだと信じていたから。…だけど、同性愛にも救いがあると分かったよ。」 「本当に…そう思ってる?」 「少なくとも心の均衡に関してはね。…満たされてる?」 「…どうかな?…足りないようで、でも、心地いいよ…。」  数分後、基の嬌声が洩れ始め、二人だけの世界が動き出した。                    《END》

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