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第13話「加害者:半井 基(前編)」

 明け方近く、羽京(はきょう)は体の異変に気付いて、ゆっくりと目を覚ました。明々とした照明に目を眩ませながら、熱を感じる下半身に目をやると、従弟である(もとき)が赤い舌を這わせ、硬さを増していくものを口に含もうとしているところだった。 「基!?」  慌てて上半身を起こした羽京は、基の顎に手を掛け、その顔を引き上げた。今までに見た事がない妖艶な顔をしている。 「あ、起きちゃった?…下、脱がしても起きなかったけど、これは…流石に起きちゃうよね?」  基が全裸である事に驚かされた羽京は、自身も前を(はだ)けられたパジャマの上一枚だと気付き、顔を紅潮させた。 「薬が抜けちゃって…目が覚めたら、眠れなくなったんだ。…そして、我慢できなくなった。」  口に含むのを阻止された基は、羽京を見つめたまま、手で彼のものを扱きだした。 「基!やめるんだ!」 「どうして?溜まってるでしょう?…こんな明るい中で状況を把握しても、一向に萎える気配はない。」 「それは…。」  基は手を動かしたまま、羽京の上半身にもう片方の手を当て、体重を掛けて押し倒した。 「電気点けちゃって、ご免ね。でも、ちゃんと羽京さんって認識してやりたかったからさ…。」  羽京の割れた腹筋に手を這わせ、基は唇を落としてその肌を味わう。 「…俺達は従兄弟で男同士なんだぞ。」  羽京の悲痛な言葉に、基は行為を中断する。 「不毛だよね。…分かってるよ。…でも、ずっと好きだったんだ!羽京さんの事…!」  突然の告白に、羽京の中の封じ込めていた感情が浮上し、溢れ出しそうになっていく。彼は何か歯止めになるものを探した。 「会う度にその気にさせようってしてたのに、全然気付いてくれなくてさ…。」  毎回誘惑されているように思えていた基の素振りが、錯覚ではなかったと羽京は実感させられる。 「いつから?」 「多分、出会った時から惹かれてた。…恋だと自覚してから、羽京お兄ちゃんって呼ばなくなったんだよ。」  羽京は懐かしい響きに、過去を振り返る。彼が小学校の高学年になった頃に、さん付けに変わったようだったと記憶を辿らせた。 「最初は誘惑しようなんて思ってなかった。子供だったしね。…俺が留学してる間に結婚されちゃった時はショックで、一度は諦めようともしたんだ。でも、直ぐ離婚してくれたし、また気持ちが復活してしまった。…大人になったからさ、体求めちゃうの、仕方がない事なんだよね?」  基は膝立ちで羽京を跨いだ。 「嫌だったら、俺を突き飛ばして殴ればいい…。」 「…出来ないよ。」  挑発的な基に、羽京は力なく答える。基は一瞬だけ微笑むと、放置していた羽京の裏筋に舌を這わせ始めた。 「おい、基!」 「大丈夫。口ではイかせないから…。」  基の口内に包まれ、羽京は必死で快感に抗ってみるも、熱は昂っていく。頃合いを見計られ、それは基の下肢へと導かれていった。 「待て!急に入らないだろう?」 「…大丈夫。さっきキッチンからオリーブオイル持って来て、それ使って慣らしたから。…俺ね、羽京さんの引越しが決まってから、毎日、自分で拡げてたんだよ…。」  羽京のものを中心に宛がい、ゆっくり、ゆっくりと基は腰を落とす努力をしていく。時折、括約筋を締めたり緩めたりを繰り返しながら、太いそれを少しずつ呑み込ませていく。 「ずっと、こうしたくて…。でも、羽京さんの大きくて…、ちょっとキツイね…。拡張…足りなかったかな…んッ…!」 「…無理…だろ?」 「無理じゃない…!…でも、動かないでね…。ふ…ぁ…、ほら、入ってく…。」  慎重に時間を掛け、やがて基は羽京の上に座った形に落ち着いた。羽京は熱い締め付けに、腰を動かしたい衝動に駆られ、眉根を寄せた。 「全部…入った…羽京さんの…!…あッ…あぁッ!…奥に…奥ッ!」  不意に基が触れてもいないに、白濁の液を吐出した。羽京の鍛えられた腹筋の上に飛び散る。 「あ…ご免なさい…。」  基は目を閉じ、一筋の涙を零した。羽京は堪えきれなくなり、繋がったまま、基を下にした。 「俺こそ、ご免…!」  結局、歯止めになるものを得られなかった羽京は、感情を解放し、基の体を蹂躙した。 「うん、…嬉しい!あ…、好きにして…いい…からね…。」  空が白んできた頃、羽京の腕の中で基は、改めてキスを強請った。羽京は優しく口付ける。 「順番、間違えちゃった…。子供の頃はキスだけがしたかったのに…。」 「キスは一度してる。俺からした。…六年前の治療中に。あの時、罪悪感に駆られて、基への想いは封印したんだ…。」 「そうだったの?…その時の、録画してたよね?残ってる?」 「普通はやらない治療だったし、残してはいるけど…、見たいのか?」 「アミタール面接の時でしょ?見たいよ。悪いお医者さんが、どんな風にキスしてくれたのか…。」  羽京は無言になり、落ち込んだ顔になった。 「悪い…医者…。」 「冗談だって!…羽京さんには感謝してるから。羽京さんがいなかったら、俺は壊れてたと思うし…。」 「あれには…、辛い内容も録画されてるんだ。見ない方がいい。」 「それくらいで俺は壊れない。…俺が壊れるのは、羽京さんに捨てられた時だよ。ねぇ、俺の事、受け入れてくれたんだよね?」 「ああ…。」  羽京は再び基に口付ける。先程よりも激しく舌を絡めると、二人に陶酔の時間が訪れた。  築七年になる十二階建の賃貸マンションの五階に、基は一人暮らしをしている。彼がこのマンションを住居に決めた理由は、羽京が営む病院に割と近いからだった。  勿論、基が教師として勤める学校にも通いやすい位置にあり、息子を管理したがる父親の説得も簡単だった。  基が羽京を慕う気持ちは誰も気付いてはいない。  住み始めて一年と八ヶ月が経った頃、羽京が新年を迎える前に離婚した。少し距離を置いていた彼への気持ちが再燃し、連絡を取ると、羽京が遊びに来てくれた。  彼はこのマンションが自分の職場に近い場所である事と、間取りを気に入り、ひどく基を羨ましがった。  それが切っ掛けで、基は羽京がこのマンションに引越ししてくればいいのに、と思うようになった。しかし生憎、空き部屋はなく、羽京が引越し先を見つける前に、空きが出るのを心待ちにするしかない日々が続いた。  空き部屋をこま目にチェックしていると、基は不動産屋を通して、一階を住居にしている大家の老夫婦と親しくなる事が出来た。それでも、そう都合よく部屋が空く訳はなく、羽京も自分で物件を探すだろうと、基は半ば諦めモードに移っていった。  羽京と連絡を取り合うようになって一年半が経った頃、大家の老婦人が、ゴミ置き場で溜息を吐いている姿に基は遭遇した。  話し掛けると、とある住人がゴミの分別を守ってくれないとの事だった。 「部屋まで注意しに行って、気が付いたんだけど、契約者と住んでる人が違うのよね。」 「何号室の人ですか?」 「半井(なからい)さんの真上の住人よ。…六〇三号室の村崎さんって人なんだけど、住んでる女性は新宮って苗字みたい。」 「又貸しとかですか?」  そこで大家の老婦人は声を潜める。 「多分、愛人を囲ってるんだと思うわ。」  それから一ヵ月程経ち、基は六〇三号室の借主と初めて遭遇する。  その日、実家に寄って帰りが遅くなった基が、マンションのエントランスでオートロックの扉を開けると、扉が閉まる前に男が滑り込むように入って来た。基がエレベーターを待つと、 男も並んで待った。四十代前半とみられる男は、高級スーツを身に纏っており、何処か脂ぎった印象があった。 「こちらにお住まいの方ですか?」  なるべく警戒心を見せないようにして基は問った。 「六〇三号室の村崎です。…私は不審者ではありませんよ。」  男の名乗りに、はっとした基は思わず彼の顔を凝視してしまったが、タイミングよくエレベーターの扉が開き、意識がそちらに移った。基は慌てて彼に謝罪してから先に乗り込んだ。  そして五階と六階のボタンを押す。それを見た村崎は、ニヤリと笑って見せた。  村崎から酒と煙草の匂いを強く感じた基は、さり気なく彼と距離を取った。次の瞬間、黒い影が基の足元を這い上がって来た。その影は人間の手の形に変わり、彼の体を撫で回した。  基の体は硬直し、指先をピクリと動かすのが精一杯となる。 ――何?幻覚…!?  基は幼馴染の家に泊まった際に、黒い影を見て金縛りにあった事を思い出した。  ふと村崎が気になり、彼の方に怯えた視線を送ると、下卑た視線とぶつかった。 「君、男に抱かれた事があるだろう?」  不意に問われ、基は答えられずに視線を逸らし、村崎を無視する事に決めた。基を弄る影は未だ消える気配はない。  五階に到着して、エレベーターの扉が開いた。 「どうした?降りないのかい?」  動けないでいる基の臀部を、村崎が鷲掴みして来た。その瞬間、黒い影は姿を消し、基は解放された。黒い影の出処を、この男だと確信する。 「誘われても困るよ。…私には彼女がいるんだから。」 「やめて下さい!」  基は閉まりかけたエレベーターの扉に手を掛けて飛び出した。それから自宅方向へ走り出す。不快な感覚が基の鳩尾を攻め立てていた。 ――あんな、…欲望を形に出来る人間がいるなんて!  時間と共に恐怖は怒りに変わり、数日掛けて調べ上げた、便利屋で復讐屋を兼ねた興信所に連絡を取った。そこで、村崎が愛人を囲っている証拠を押さえて、彼の妻に匿名で知らせるように依頼した。調度、夏休みに入った頃だった。  数日後、依頼は果たされた筈だったが、基の期待に反して、六〇三号室で修羅場が展開される事はなかった。  村崎の妻が、ただの嫌がらせと思ったのか、彼に逆らえない弱い女性だったのかと、基は推測を重ね、どちらにしても無駄に終わってしまったと、気を落とした。  これからも村崎に出会わないように願いながらマンションの出入りをするしかない。そうして、すっかり諦めてしまった九月の始め頃、大家の老婦人が基に、六〇三号室が空き部屋になる事を教えてくれた。 「村崎さん、愛人の為に部屋を借りてるって、奥さんにバレたんだって。…やっぱり、私の勘は当たってたよ。」  切っ掛けを与えたのは自分だろうか、と基は思案する。少なくとも無関係ではないだろうと結論に達したが、村崎の件は忘れる事にした。  早速、羽京にマンションの空き部屋の事を伝えると、即答で部屋を契約したいと言われた。  羽京が近付いて来ると思っただけで、基の心は恋情で震えた。

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