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第12話「加害者:梶原 弘樹」

 育児休暇中の花澤から、基の電話番号を生徒である梶原弘樹(かじわらひろき)に教えてしまったと連絡があって、身構えていた彼だったが、その日は結局、梶原からの着信はなかった。  梶原弘樹という生徒に関しては、第一印象が、過去に基を襲った室生朔也(むろうさくや)に似ているといった以外、何も気に掛けていない生徒だった。  成績も素行も問題なく、友人も多い方だと認識していた。そんな彼が、優しさを見せない教師に相談してくるだろうかと、基は訝しげに思う。  翌日、基は学校で生徒名簿から梶原の情報を確認した。そこで初めて、梶原が母子家庭で育ち、母親が会社を経営している事を知った。  連絡をくれた花澤が、梶原が思い詰めた様子だったと言っていた為、それなりに遠目から気に掛けてみたが、特に変わった様子もなく、彼からの接触してくる気配もなかった。  やがて、取り越し苦労だったと、基は胸を撫で下ろす。  日曜日に従兄の羽京が、基の住むマンションの上の階に引っ越してきた。嬉しさが彼の心を占め、この日を待ち望んでいた事を実感する。  基は幼い頃から従兄である羽京を憧憬し、いつからかその気持ちを恋情へと変化させていった。彼への気持ちの在り方に葛藤しながらも、伝える事に重きを置いた基だったが、まだ躊躇いもあり、言葉に出す事は出来ずにいた。  羽京に睡眠薬を貰う約束をした月曜日、午後七時過ぎに帰宅した基は、先ず風呂に入る準備をした。夕食は帰って来た羽京と一緒に摂るつもりだった。  浴槽にゆっくり浸かっていると、羽京から着信があった。スマートフォンをバスルームに持ち込んでいた基は、浴槽を出ると軽く手を拭いて電話に出た。 「羽京さん、もう帰って来た?」 「まだ病院だよ。あと十分程で出る予定だ。…もしかして風呂入ってる?」 「うん。…分かる?」  基は話しながら片手で起用にローションを手に出し、徐に自身の後孔へ塗り込んだ。 「掛け直そうか?」 「防水だし、大丈夫だよ。…ん、続けて…。」  基はアナルプラグを手に取ると、先程ローションを塗り込んだ場所にゆっくりと挿入していく。 「一応、事前に言っとくけど、ハルシオンは一番軽いやつにしたから。」 「え…、効くかな…ぁ…?」  基は下半身の刺激に悶えながら答える。 「効くよ。今日はアルコール禁止だから、それも心しておくんだぞ。」 「うん。んッ…飲まないよ。」 「…基、大丈夫か?湯あたりしてないか?」  羽京が基の声色から異変を感じ取ったようだった。 「大丈夫だよ。あのさ、…俺が取りに行くから、部屋に着いたら…連絡して。夕食、一緒に食べよう。」 「作ってくれるのか?」 「うん。…いいよ。」  電話を切った基は、一気に絶頂へと自分自身を導いた。  バスルームを出た基は、スウェットのズボンとトレーナーを着用し、軽く水分を補給した後、夕食の下準備を始めた。  その時、微かにスマートフォンのバイブレーションを感じ取った基は手を止めた。玄関近くのクローゼットを開け、通勤用のトレンチコートのポケットを探ると、仕事用のスマートフォンが見知らぬ番号を表示していた。  基は瞬時に生徒の梶原弘樹の顔を思い浮かべる。 ――このタイミングかよ!  一気に不機嫌になった基は、渋々電話に出る。 「はい…。」 「半井先生ですか?俺、梶原弘樹です。」  予想通りの相手だった。 「番号、花澤先生に訊いたんだろ?…どうかしたのか?」 「今、先生のマンションの近くまで来てるんですけど…。今日、泊めてもらってもいいですか?」 「は?」  基は面食らい、慌てて拒否する。 「悪いけど、今から人と会う約束があるから、今日は無理だよ。…明日、学校で話を聞くから。」 「その人との用が終わるまで待ってます。」  梶原が引く気がなさそうなので、基は会って説得する事を決意する。 「今、何処?」 「先生のマンション近くの公園です。」 「分かった。…取り敢えず、そっちに行くから。」  基はウィンドブレーカーを羽織ると、スニーカーを履いて公園へ向かった。  人気のない小さな公園に辿り着くと、外灯に照らされた敷地内は思いの外明るく、ブランコ近くのベンチに腰掛けた制服姿の梶原は直ぐに見つかった。  暗く俯く彼の前に立つと、見上げた顔が一瞬ぽかんとした。 「わ…!先生、学校と全然違うから、一瞬、分かりませんでしたよ。」  梶原の反応に、基は眼鏡を掛け忘れて来た事に気付き、冷や汗を掻いた。しかし、眼鏡がないからといって、学校での態度が取れない訳ではないと思い直すと、いつものクールな教師を装った。 「おまえん家、ここから遠いだろ?何で俺の住所を知ってる?」 「一度、跡をつけた事があったんで…。」  その一言に、基は警鐘が鳴るのを感じたが、梶原を子供だと見做して毅然とした態度を取り続けた。 「どうしても、泊めて貰えないんですか?」 「何があったんだよ?家に帰れない理由があるのか?」 「今、母親が恋人連れ込んでて、お取込み中だから帰れないんですよ。」  そこで梶原は少しだけ泣きそうな顔をした。 「…俺が話してやるよ。家に案内しろ。」  基が歩き出すと、梶原が基の腕を掴んで引き留めた。  「先生、待ってよ!」  そして一瞬の隙に梶原が、基のトレーナーを捲り上げて、ペンのような物を彼の腹部へ突き刺した。チクりとした感覚に、基は血の気を引かせた。 「何した?」 「インスリンだよ。祖父(じい)ちゃんの持って来たんだ。」  梶原は豹変した様に冷笑を浮かべた。梶原の顔に、基を襲おうとしている朔也の顔が重なる。 「俺は糖尿病患者じゃない。」 「知ってる。これ使ったらレイプし易いかなって思って。」  外灯に照らされた基の素顔に、梶原は酷く興奮していた。逃げ出そうとした基に、後ろから抱きついて拘束する。 「間近で見た時からさ、先生の事、すげぇ美人だなって思ってたんだよね。…マジでタイプ。」  薬の効果が出始めたのか、基の動悸は激しくなり、手足が震え出した。抵抗の弱まった基を、梶原は緑の生い茂った木々の裏へと引き摺り込んだ。  一転して薄暗闇に包まれる。 「梶…!」  その瞬間、受け持ちのクラス内で垣間視たレズビアンの情景が脳内で再生され始めた。  四十代前半の化粧の濃い女性が、三十代前後の女性をソファに押し倒し、キスをしながらスカートの中に手を忍ばせて行く。 「社長、息子さんが…帰ってきます。」 「大丈夫よ、弘樹なら。」  基は愕然とする。 ――こいつの記憶だったのか!母親に…女に幻滅して…それで…?  抵抗せずに動きを止めている基を、梶原が四つん這いの恰好へと導き、スウェットパンツと下着を膝近くまで下ろした。 「先生、何か誘ってくれてるみたい。なんかレイプ感なくなっちゃうな…。」  基が逃げないと確認すると、梶原は完勃ちした自身のものにコンドームを装着した。それから基の臀部を撫で回し、その中心に拙い指を差し込んでいく。 「先生のココ、解れてるんだけど!なんか濡れてるし…。もしかして彼氏いる?これ、自分でやったの?」  中を(まさぐ)る指が二本に増えたところで、基は我に返った。 「この前、三組の佐野君を()ろうとしたんだけど、ギッチギチで入らなくて、断念したんだよね。でも、先生は…もう準備OKって感じ?」 「やめろ…!」  基は抵抗を試みるが、酷い頭痛に襲われ、動きを封じられたようになった。 「梶原…こんな事して…あッ…!」  指より質量があるものが基を貫いた。 「挿入(はい)っちゃた!すっげぇ、気持ちいい。やば…もたない…。」  梶原は数回腰を打ち付けたところで急に達し、基を解放した。そして地面に横たわる基の横に使用済みのコンドームを投げ捨てると、スマートフォンで撮影した。 「先生、これから彼氏に会うんだよね?…生徒と浮気しましたって、ちゃんと言ってね。…今日は帰ってあげるから、明日、学校でね。」  梶原が去った後、基のスマートフォンが鳴った。基は震える手で電話に出る。 「基、羽京だけど。今、帰ったから、薬、取りにおいで。」 「あのね、羽京さん…。今、マンション近くの公園にいるんだけど…。インスリン打たれて動けない。助けて…。」 「インスリン!?…何があったんだよ?」 「学校の生徒に呼び出されて、行ったら打たれた。…例のレズビアンのトラウマ持ち、まさかの男子生徒だったよ。」 「兎に角、直ぐ行くから!…電話、切るなよ。」 「うん…。」  一旦、電話を地面に置いて、基は下着とスウェットパンツを引き上げる。 「基、どうかしたか?」 「ん…、ズボン履いてた。」 「まさか…。」 「うん、そのまさか。でも、大丈夫だよ。あいつ、早漏すぎて、俺は何も感じなかった。…ブランコ近くの茂みにいるから、早く来て。」  数分後、外出着スタイルの羽京が駆けつけて、紙パックの野菜ジュースを基に飲ませた。 「ご免、糖質系の物がこれしかなくて…。」 「大丈夫、有難う…。」  抱き起され、マンションの羽京の部屋へ運ばれるように基は連れて来られた基は、ソファに横たわった。 「ご免ね、夕飯、用意してなくて…。」 「いいよ、俺が準備するから。空腹感があるだろう?…診た感じ、食事で回復出来ると思うよ。」 「うん。…低血糖なんて初めてだよ。ああ…頭痛い…。」  夕食後、基は羽京の部屋に泊めてもらう事にした。羽京のベッドに潜り込み、彼を待つ。  暫くして、入浴後の羽京が近付いて来た。 「ハルシオン、飲んだ?」 「…まだ。羽京さん、待ってた。」 「生徒、どうするつもりだ?」 「説教して、更生させるよ。」 「出来るのか?」 「出来るよ。あんなガキ一人くらい。」  基は掛け布団を捲り、羽京に横に入るように促した。羽京は素直にベッドに入る。 「ねぇ、今の俺を見て、どう思う?」  基は意識的に扇情的な瞳を羽京に向けた。 「…しっかりしてるよ。基は大丈夫だって分かる。」  羽京の言葉に、基は微笑んで礼を言い、心の裡でがっかりした。 ――やっぱり手を出して来ないか…。  基はベッド横のサイドテーブルに準備していた睡眠薬を経口すると、羽京の匂いを深く吸いながら眠りに落ちた。

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