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第1話

「高王子、悪いけど南棟の保健室にこのメモに書いてるものをとってきてくれないか? それで今日は終わりで帰っていいから」 放課後の保健室、僕の目の前にメモが差し出された。 今日は保健委員が保健室の掃除をする日だった。 僕――高王子美千也(タカオウジミチヤ)――は二年三組の保健委員。僕以外にもあとふたり同学年の保健委員がそれぞれ窓を拭いたり備品整理したりしていた。 たまたま保健の三上先生の近くにいたのが僕だった。 メモを受取ると、 「美千、早く取って来いよー」 「もう疲れたー」 松永くんと吉井くんが僕に言ってくる。 掃除をはじめてもう1時間とちょっと経ってる。 早く帰りたいよね。 「うん。すぐ取ってくるね」 「高王子が戻ってくるまでに松永たちはちゃんと片付け終わらせるんだぞー」 はーい、と気のない返事を聞きながら、いってきまーす、と保健室を出た。 いまいた保健室は増築で立てられた東棟にある広く綺麗になった新しい保健室。 南棟にある前使われていた保健室は旧保健室とも呼ばれてる。 備品の在庫などが旧保健室に置いてあって何度か僕も取りに行ったことがあった。 今日の天気予報は曇りのち雨だったっけ。 廊下を早歩きしながら窓から見えるいまにも雨が降りそうな暗い雲を眺める。 晴れ間なんて全然見えないグレーの雲のじゅうたんがびっしり敷き詰められてる。 雨が降りださないうちに帰りたいな。 お母さんに折り畳み傘を持っていくように言われて鞄には入ってるけどどうせならさしたくない。 面倒くさいし。 早く帰ろう! そう決めて早歩きの速度をアップする。 5分くらいで旧保健室に辿りついた。 僕がこの学校に入学したときには旧保健室は使われてなかった。 でも運動会や文化祭のときとか必要に応じて第二保健室として使用してるし、こうして備品を取りにくるのも初めてじゃない。 鍵を開けて引き戸を開けて一歩中に足を踏み入れて―――。 きょろきょろと部屋の中を見渡した。 なんだろう? なんかいつもと違う気がする。 だけどそれがなにかよくわからない。 気のせいかな? 新しい保健室よりちょっと狭いけど、内装はあんまり変わらない。 いま使ってる保健室と棚やベッドなんかの位置もほとんど一緒だし。 早く戻らなきゃだったなーって違和感なんて気にせず備品の準備を始める。 棚から先生のメモにあるものを出していたら軋むような音がした。 ミシッ、ってパイプベッドが軋む音。 驚いて振り返る。 「誰かいるの?」 咄嗟にそう声をかけてた。 言ったけど、でも鍵はかかっていたし人がいるわけない。 気のせいだよね。 ―――幽霊。 ふっと浮かんだ言葉に背筋がぞっとして慌てて必要な備品を棚から出していく。 そうしてたらまた軋む音がした。 気のせいじゃない。 怖くてびくびくしながら振り向く。 「誰か……います……?」 いないよね。いるの? 電気はつけてるけど外が暗いせいか夜の雰囲気がする室内。 小さく呼びかけるけど反応はない。 やっぱりいない、よね。 そう思ったとき、気づいた。 違和感の正体。なんで―――奥のベッドのカーテンが閉められてるんだろう。 いつもならカーテンは開けられ二つのベッドが見えてる。 なのに今日はカーテンに囲われ見えなかった。 誰かそこにいるのかな……? 「……だれか、あの……いるんですか?」 はっきりと声が震えてしまった。 もし誰か寝ているのなら幽霊ではないのかもしれないが、不法侵入者の可能性だってあるし。 声をかけながらも一歩後退りしたところで大きくベッドの軋む音とともに足音が聞こえてきた。 カーテンが開く音に緊張で身体が強ばる。 「その声、高王子か―――」 ドキンドキン、と心臓が跳ねあがっていく僕の耳に聞き覚えのある声が届いた。 同時に現れた人物に僕は目を見開き脱力した。 「や、矢崎先生……」 矢崎先生。僕のクラスの担任の先生。 ネクタイを緩めたワイシャツ姿の矢崎先生が、よお、と気安い笑みを浮かべ近寄ってくる。 「ちょっとサボって昼寝してたら人入ってきてビビったぞ」 矢崎先生は27歳で英語の先生。 独身で年齢よりも若く見られることが多い矢崎先生は男子校のここの生徒たちから気さくに話しかけやすい若い先生って感じで慕われてる。 いつもは後に流してる髪がいまは乱れてる。 スーツだって上着脱いでるし、ワイシャツよれてるし。 それに―――よくわからないけど先生の雰囲気がなにか違う。 気だるそうな感じで……目が少し潤んでるから? なんだろう。なんていうんだろう。こういうの。 えっと、えっと……色っぽ―――。 まじまじと見つめてると「高王子?」と矢崎先生がそばにきて僕を覗き込む。 ビクッと肩が大げさに跳ねて頬が熱くなっていく。 なにを考えてたんだろう、僕。 「す、すみません」 さっきまでと同じようで違うドキドキに胸が苦しくなってきてる。 先生をなぜか直視できなくってうつむいた。 「なんで謝るんだ? ―――……高王子?」 不意に僕の肩に手が触れた。 「ひゃっ?!」 過剰反応に勝手に口から飛び出る変な叫び。 ほんの少し矢崎先生の手が触れただけなのになんで大げさに反応しちゃったんだろう。 可笑しい態度をとっている自覚はあるから早く用を済ませて出ていこう、そう思うのに足がすくんで動けない。 「お前、面白いな」 笑いを含んだ矢崎先生の声にそっと顔を上げ、驚きに僕は身体を硬直させた。

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