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第1話    ハジマリ

ああ、神様。 俺は、愛されてはいけないのですか?… 神と言う存在など信じていないが、あり得ないことだと思っていたことは実はあり得なくなかったらしい。 どうしてそんなことを言うのかって? それは、俺には、なぜか前世の記憶が存在したからだ。 望んであるわけではない。むしろ、こんな記憶思い出したくもなかった。 冗談でも嘘でもなく、本当のことだからたちが悪い。 吐きそうになるほど嫌いなこの記憶は、継母に、階段から突き落とされ気絶した際に甦ってきたのだ。 俺は前世でも孤独だった。 物心ついたときには両親はおらず、母の姉を名乗る叔母夫婦のもとで育てられていた。 叔母の家には、叔母の夫と、俺からすれば従兄弟にあたる、2人の男の子がいた。 幼少の頃は素直に叔母一家を慕っていたが、それに応えてくれることは終になかった。 常々不思議に思っていたが、ある日近所のオバサンが話しているのが聞こえた。 まだ幼いから意味が分からないとでも思ったのだろうか。 その時は確かに言葉の意味が分からなかったが、幼児から少年へと成長したとき、ふいに意味を理解した。 それまで無邪気に慕っていた気持ちが、諦めに変わった。 と、同時に疎まれていた訳も納得したのだ。 その日から、俺はピエロとなった。 常に明るく振る舞い、馬鹿な男のフリをした。 従兄弟たちは、自分たちよりも劣った馬鹿な俺を見て安堵し、叔母たちは、自分の息子たちの優秀さに鼻高々だった。 その裏で、俺は貪欲に知識を吸収し続け、高校卒業と同時に縁を切った。 バイトで貯めていた金を使い、独り暮らしをしながら従兄弟たちよりも優秀な大学へ通った。  一流企業に就職し、一心不乱に働き、上司の娘と結婚し、出世をし続けた。 ニコニコした表情を張り付けながらも、俺は常に愛に餓えていた。 上司の娘とは、完全に政略結婚であり、愛を知らなかった俺は、彼女を愛すことが出来なかった。  そして彼女の実家に望まれるがままに彼女を抱き、子を作った。 そんな俺に、彼女は愛を抱くことなど出来なかったのだろう。 それは、どうやらそれは俺との子では無かったようだ。 彼女に申し訳なく思いながらも最期まで俺はそれに気付かぬフリをして生き、彼女と40年連れ添った後に死んだ。 今の人生もだいたい似たような物だろうか。 といってもまだ15年しか生きていないが。 今生での俺は、妾の子だった。 俺の前世の記憶が無かった頃、母は俺が生まれたせいであの人から愛されないと、俺が生まれたことを呪い続けた。 呪いと言っても、端的に言えば虐待だ。 日々、彼女の怒りをこの身に受け、必死に耐え続けた。 そんな日常をおくっていた幼い頃、珍しく母の期限が良い日があった。 聞けば、あの人がやって来るのだそうだ。 今さら何の用だとは思ったが、母の手前黙っていた。 母は嬉しそうに俺を飾り着け、最大限の見栄をはって父というあの人を迎えた。 この日、よくも悪くも俺の生活は一変したのだ。 父は俺だけを引き取り、すがり付く母を無視して俺を柏陽家の養子とした。 父と本妻の間に子は無く、自分の血を引く跡継ぎが必要だったようだ。 継母は俺を疎ましく思いながらも、一応跡継ぎであるから、視界に入れないようにすることで我慢していた。 俺は引き取られてからすぐに、サイボーグかと疑うほど無表情に淡々と授業を行う家庭教師を付けられ、どんなに体調が悪くとも毎日与えられたノルマをこなし続けた。 頑張り続ければ、いつか父が、継母が振り向いてくれると信じて。 それから俺が柏陽家に迎えられて1年が経ち、継母が義弟を出産した。 その時から、俺は用済みとなったのだ。 そんなことに気付かず、俺は必死に努力し続けた。 周りから見れば、いっそ哀れなほどに。 義弟が生まれたおかげで、俺を跡継ぎから外すことが出来た継母は、俺に日頃のストレスをぶつけるようになった。 暴言は当たり前。虫の居所が悪いときには、直接手を下した。 使用人も、妾の子である俺を良く思っているのはずもなく、冷たく当たり続けた。 俺は義弟が大きくなってからは、屋敷の離れに押し込められ、そこにはたまに使用人が衣服と食材を持ってくるくらいであとは放置されていた。 それでも、まだ未練がましく家族の愛情を求めていた俺は、努力し、公立の小学校に通っていた。 その反面、義弟は家族の愛情を一心に受け、真っ直ぐに育っていった。 本邸の方からは、常に笑い声が響いていた。 そして、俺が小学3年生となったある日、父から本邸に呼ばれた。 やっと努力が認められたのかと、浮き足だって向かうと、待っていたのは父からの命令だった。 『お前は中々に学業が優秀なようだ。このまま公立の学校に通わせるよりも、将来柏陽家の当主となるお前の義弟の補佐にすることにした。来月からこの学校へ通え。』 示された学園は、今の義弟が通っていたものよりも、幾分か偏差値の高い全寮制の男子校だった。 どうやら、この前何も言わずに渡されたプリントが、編入試験だったようだ。 『はい、わかりました!』 父に構ってもらえたことが嬉しくて、俺は二つ返事で頷いた。 本当は、拒否権なんて無かったが。 本邸にある父の書斎からの帰り道、義弟と初めて会ってしまった。 初めて見る義弟は、なるほど、誰からも可愛がられるような、美しく、愛らしい容姿をしていた。 『誰だお前!ここは俺の家なんだぞ!勝手に入っちゃいけないんだぞ!』 『あっ、えっと、俺は、、、』 『あらあら、太陽ちゃんどうしたの?何を騒いでいるのかしら?』 『あっ、ママ!今パパの部屋から変なやつが出てきたんだ!ここは俺の家なのに!』 義弟の大声に、部屋の奥から久しぶりに見る継母が顔を出した。 『あら?お前は、、、。汚らわしい妾の子が、なぜこんなところに居る!』 『えっと、俺は、お父様に呼ばれて、、、』 『お前ごときが、おこがましくも父と呼ぶではない!』 ドンッ 逆上した継母に勢いのまま手を振り下ろされ、俺はそのまま階段から落ちた。 この最悪な日から、俺は前世の記憶を持つようになった。

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