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第8話 高校三年生⑥
玄関口の騒めきがいつの間にか静寂に取って代わった。大雅はすっかり日も暮れて誰もいなくなった静かな校内にぽつんと独り取り残されてしまった。佳孝は来ないのだとようやく悟った。あれは約束ではなかった、一方的な通達だった。そして、ここに大雅が居る限りきっと佳孝は来ないのだろう。もしかすれば帰れずに図書室で困っているのかもしれないと考えた。
「仕方ない、帰るか……」
下足箱から外履きを引っ張り出すと床に音を立てて落とした。生徒のいなくなった玄関口で妙にその音が大きく響いた。
「用事って何?」
突然後ろから声をかけられて大雅は驚いて振り向いた。佳孝は遅れてきたことを詫びるでもなくいつもと同じように穏やかな表情でそこに立っていた。
「え、えっ?」
「用事って」
そこに佳孝が立っているというだけで何故か泣きそうになるくらい嬉しかった。ただここに来てくれたという事実だけで嬉しくて仕方がない。
「来て……くれたんだ……」
「帰るところ」
「謝らせてほしいんだ」
「……」
「ごめん」
「何に対して謝っているの?」
「俺が他のやつを優先したから、それで……」
「分かっていない」それだけを言い残すと佳孝はもうこれ以上は話すことはないとばかりに靴を履いて玄関を出て行こうとした。
「待って!」
「何?」
「佳孝、言ってくれないとわからない」
「いつも足元ばかり見ているから」
「どういう……」
「謝らなくていい、怒っているわけではないから。あの時のことを忘れているのなら、別に構わない。それだけのこと」
「え……」
「じゃあ、また」
佳孝はいつもと変わらなかった。大雅だけが、何か大切なものを失くしたと感じていた。
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