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第7話 高校三年生⑤
今まで人に執着したことが一度も無かった。誰とでもすぐに仲良くなるが、それは自分の意見や欲求を後回しにし、相手に合わせることを優先してきたからだ。どうせ長い付き合いではないのなら、気持ちよく付き合って面倒ごとには巻き込まれずにいることが大切だった。
必ずやって来る別れに備えいつでも忘れること、相手からも後腐れなく忘れてもらえることが大切だった。そう、今までは確かにそれだった。別に誰かが自分のもとから離れて行っても何の問題もないはずだった。
少なくとも今まではそうだった。
自分の気持の行き場がない。大雅はどうしてここまで佳孝のことが気になるのかその理由がわからなかった。夏休みの始まる前にどうしても自分のこの苛つく気持ちの答えを見つけなくてはならなかった。
「おはよう」
「……」
「何?驚いた顔して?俺と話したくなかった?」
「おはよう」
何もなかったかのように通り過ぎようとした佳孝の前に回り込むと、右手を壁についてその先へと進ませないようにした。学校の開門と同時に昇降口で待っていたのだ、ここで逃がすわけにはいかない。
「何?」
「それ、こっちの台詞、話できる?」
「話すことないよね」
「何をそんなに怒っているのか説明してくれ」
「怒ってはいないよ」
「怒っては?そういう言い方をするというこことは何か他の感情があるってことだろう?」
登校してきたクラスメイトが、怪訝な顔をする。昇降口のすぐ先の廊下で声を荒げる大雅と、ただ淡々と聞き流している対照的な佳孝との組み合わせは朝の学校の風景から明らかに浮いていた。
「佳孝、話しがしたい」
「僕は話すことはないけれど」
「今日の放課後、ここで必ず。約束だからな」
大雅は仕方なく佳孝を解放した。「ようやく終わる」そう思った時に何を終わらせなくてはならないのかが分からなくなってしまった。
その日はいつもより何故か全てが上手く行った。最近遠巻きに見ていた友人たちも話しかけてきた。
「大雅、珍しくご機嫌じゃん。いいことあった?」
良いことがあったと言えるほどではないが、ここ二週間のうちで一番自分の気持が穏やかだったのは間違いない。
「まあ、これからある予定かな?」
意味深な答えだと揶揄われながらも不快な気持ちは一切起きなかった。窓枠につもった埃が淡く光ってみえるくらいには浮かれていると大雅は思っていた。就業のベルが鳴るのがあまりにも待ち遠しく、時計の針の運動速度が遅くなり、自分は倍速で動いているような気さえしていた。
放課後の就業の合図と同時に立ち上がると急いで玄関口へと向かった。緊張しながら佳孝をそこで待った。
しかし、上がり続けていた気持ちは、時間が経つほどに萎えていった。佳孝が来ないのだ。靴は下駄箱に入ったままだ。だから校内にいるのは間違いない。十中八九図書室にいるのだろうと思うが、もしもすれ違ってしまったらと思うと動けない。確かに放課後ここでと佳孝には告げたはずだった。返事はもらっていないけれども。
そして「何時に」とは約束はしていなかった。
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