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出戻り男→sideT
「ちょっと、兄貴、うるせえ。勉強中」
相変わらず生意気そうな顔をした弟は、持ってきた荷物を派手にぶん投げた俺に、忌々しそうな顔で悪態をつく。
久しぶりに戻ったら、二段ベッドだった俺のベッドはしっかり既に片付けられていた。
まったくもって居場所がねえ……。
勢い余って康史を殴りつけて出てきちまったが、俺もどうしていいのかわからなくなっちまった。
「…………なァ、セイハ。オマエ、オヤジがヤクザだって知ってた?」
机の上から覗き込むと、わけのわからない数式がノートにびっちり書き込んである。
「何、今更なこと言ってンだよ。…………ンなの、幼稚園の時から知ってるって。近所のおばちゃんたちがギャンギャンうるせーくらい話してるだろ………」
ンな、おばちゃんの話なんか聞き耳たてて聞くかっての。
つーか、幼稚園時って………。
「まあ、普通に勉強してたンじゃ、潰されるからな。オレは、実力と才能で、潰されない大人になるって幼稚園から決めてるから。…………ってアニキ、もしかして知らなかったのか」
意外にというか、かなり考えている弟に驚きながらも、俺は自分の拳を眺めた。
ヤクザにはなる気はなかったけれど、同じようなことをずっとしてきていた。
西覇は、驚くというか呆れた顔で俺を見上げる。
「ああ……。今日、知った。自信なくなっちまってよ……。ちょっと、出戻ってきた、俺のベッド出せ」
「情弱にもほどがあんだろ。それにアニキのベッドねえよ。捨てた」
ギシギシいっていつ落ちるか怖かったし、と続けた西覇の顔をじっと眺める。
どこか怒っているのか、イライラとした様子が見える。
高校に入ってから、以前よりも表情に感情が見え隠れするようになった。
「じゃあ…………いい、床で寝る」
ばたんと床に寝そべるとひどく嫌そうな顔をして、立ち上がった西覇に腹を踏まれる。
地味にだが重くて苦しい。
「……邪魔だからやめて。大体さあ、自信ねえとかいまさら何?」
ゲシゲシと遠慮なく俺の腹部をけりまわす弟は、本気で容赦がない。
別に痛くはないのだが、ちょっと苦しい。
「ヤクザに乗り込まれたら、ヤスに迷惑かける」
「らしくねえな。大体……いままで、ヤクザ関係者にここに乗り込まれたことあったか?その辺、オヤジはすげえよ。ここまで乗り込ませたことなんかねえだろ。まあ、例え乗り込まれても、アニキなら、守れるんじゃねーの?」
自信がないというのも、本物の凄みみたいなものをあそこで俺は見てしまった。
スーツに気圧されたのもあったが、オヤジクラスの男たちが一気にやってきたらと思うと勝機はなさそうだと思ってしまった。
あの、工藤なんちゃらっていうヤツもそうは弱くはなかったし。
「オマエなァ………根拠ねえだろ………その自信」
「はっ、アニキにだって根拠なんかあったことねえだろ。今更なこといってんな。大体、嫁に行ったら、簡単に出戻ってくんじゃねぇよ!!」
西覇の言うことはもっともなのだが、嫁ってなんだ。
確かに、突っ込ませてはいるが、それって、嫁ってことなのか。
「嫁……」
「今までだって、ヤッちゃん一緒に戦ってくれたんだろ。ソレ信じてやらねえでどうするって話。惚れた男だろ、全力で命賭けるのがアニキじゃねえか」
西覇は、腰をかがめて俺の顔を覗き込む。
ちょっと男らしくなったような、どこか鋭さを孕んだ目。
「そうだな。嫁……っていうのはなんかちげえけど………。命賭けるのは、正しいな」
「嫁だろ。惚れた時点で、アニキの弱みには違いないんだから、遠くに離れたら守れないだろ。それにさあ、なんだかんだアニキはヤッちゃんと離れたくねえって顔してんだよ、さっきっから」
俺の髪をばさばさと撫でて、ふううっと吐息を漏らし
「大体、アニキは考えるの苦手なんだから、無駄なこと考えて空回りしてオレに迷惑かけないでくれる?せっかく、静かな独り部屋満喫してるんだからさ」
小憎らしいことを言う弟に、俺はそうだなと呟いた。
小難しいこと考えても仕方ねえ。
俺は、今までずっと康史と一緒にいたくて、カラダを張ってきた。
今までどおり、命賭けるしか、ないだろう。
今までのように、命張って、失わないように全力でいくしかないだろう。
のそっと体を起こすと、階段を上る音が聞こえて、部屋の扉が開いた。
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