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喪ったもの→sideT
俺は康史の後ろについて、渡された救急箱を受け取ると、浴室へ入っていくのを見送る。
自分の怪我とか、痛くないからすっかり忘れてたな。
康史が気にするくらいだから、頭は血が出やすいし結構切ったかな。
寝室に戻ると、手にしていた救急箱をベッドサイドに置く。
康史は手に洗面器とタオルを持って戻ってくると、ベッドサイドに座る。
「お湯でタオルあっためてきたから、座ってアタマ出して?」
「おう」
俺は、康史の膝の上に迷わず頭を置いた。
「なっ……いきなり膝の上とか……!?なんだよ、オマエ甘えん坊かよ!………膝枕とかしてほしいのか?」
ちょっと驚いた表情をするのがなんだか可愛くて、思わず笑ってしまう。
「ヤスにら 、膝枕されたいな、って思ったンだ」
「そ…………そう?」
ぎこちなさそうな、ちょっと照れた風情に、普段見慣れずに新鮮だなと思いながら目を閉じる。
血まみれのアタマを拭かれて、消毒液をかけられて包帯とテーピングを手際よくまかれる。
大体、いつも俺の治療は康史がやるので、手際もよくなったのだろう。
怪我も、最近じゃ大してしないんだけど。
「トールが、そんな怪我するなんて、今日は何人だったの?」
「30人くらいかな……。全然覚えてねーのかよ?」
「ああ。ぜんぜん、覚えてないんだ…………。ごめん」
「心配すんなって、俺も、昨日は激しかったから体動かなくってさ、助けにいくの遅れたし」
ひひっと笑って見上げると、まったく分かってないようなきょとんとしたような表情にぶつかる。
「昨日も……喧嘩?したっけ……?」
何度も首を捻って考えこむ康史の様子に、なんだか俺は不安で仕方がなくなる。
なんだか違和感。
「ちょっと、俺にいくつか質問させてくれ……トール」
うーんと唸って、康史は、俺の顔を暫くながめた後に、整理するように指を何回か折る。
「あ、ああ…………」
「予備校…って?俺、予備校なんか行ってるのか?試験って……………」
「大学入試……、明後日だから………」
伝えると康史は信じられないとばかりに、首を何度か振って、額に手を当てた。
「俺ら、いま、3年なの?」
「ああ……もうすぐ卒業だ」
康史の驚いた表情にぶつかる。
康史は膝で転がる俺を抱き起こして、ぐっと抱き寄せてなんだか縋るようにしがみついてくる。
「…………俺、の記憶では、今は2年の2学期だ……」
不安そうな言葉で、俺に何かに怯えたかのように康史の体が震えている。
ショックで、1年以上の記憶が消えたってことか。
「…………マジか……よ……」
2年の2学期ってことは、俺は、まだナズと付き合っていたし、康史もどっかの女の子とつきあってたような気がする。
この一年でおこったことが、すべてなかったことになっているのだ。
あまりの衝撃に俺は、康史のカタカタと震える体をただただ放心して抱き返すことしかできなかった。
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