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飛び越えたモノ→sideY
起きたときから、頭の中がぼんやりとしていて、直前まで見ていた夢がやけにまぶしくてたまらなかっ。なんだか意識と記憶があやふやに混濁しているなとは思っていた。
東流が説明するには、俺たちは直前まで東高と喧嘩をしていたらしいから、頭を激しく殴られたか打ち付けたのかもしれない。東流の説明もなんだか的を得ないが、ヤツがズレズレなのはいつものことだ。
記憶では俺はまだ高校2年のはずなのに、東流が明後日、大学入試だとか言い出したのには焦った。
本当に心から驚いた。
もう、そんな時期で、東流とこんなふうに一緒にいられる時間も、ほんの少しだけということなのだろうか。
思わず感情が先走って東流を抱きしめてしまったが、優しく抱き返してなだめるように、背中をなでていてくれている。
いきなり抱きついたのにも、まったく驚いてもいないようだ。
確かに、東流の白みがかった灰色の髪の色が、すっかり黒くなっている。怪我で血みどろになっているのばかりに気をとられていたが、さすがに進学やら就職を考えて色を変えたのかもしれない。
なんだか体中がミシミシいって、ギシギシと軋んで痛いのも、本当にひどい喧嘩をしたのだろう。
「トール……メシ食べるか?」
いつもなら腹減ったって、うるさいくらいにわめくのに、今日はそんなにさわがない。
「ああ。それなら、さっきセージに頼んだから大丈夫」
「あ、そうか」
俺も意識なくて寝ていたようだし、当然なのかもしれないが、俺の飯じゃないとイヤだって言わないのがちょっと寂しかったりもする。
卒業か。
3年になったら、2人でいろいろしたいなと思っていたのに、何の記憶も残ってないとか、それがホントに辛すぎる。
そのとき、ガチャっと無遠慮に扉が開く音がした。
いつもの見知った誠士の姿だが、どことなく大人びている。
「ったく、人使い荒いんだからァ。…………喧嘩とかいうから心配して来たってのに。ったく、相変わらずイチャイチャしやがって」
そのまま体を離さない東流と抱き合っているのをみても、誠士は何も気に止めた様子もなく、俺らの目の前にコンビニのおにぎりが大量に入った袋を不機嫌にどさりと置く。
「セージ、さんきゅ。あのよ、セージ、ヤスがさ、アレになった!」
「は?アレってなんだよ、生理か?赤飯たくか?」
面倒くさそうな口調で誠士は東流に問い返しつつ、東流が身体を離すと、俺に説明を求めるように視線をむける。
「ちげえ、ちげえ、えっと……ここはどこ?……わたしはだれ?」
おにぎりに手を伸ばしながら、東流が俺の状況を誠士に伝えてくれているのだが、それとはちょっと違うと思う。
記憶が飛んでいるだけで、全くないってわけではない。
「マジか、康史?俺のことわかる?」
驚いた誠士は、そこで慌てて俺の肩を軽く掴む。
「いや、わかるし、トールが言うほどじゃない。…………3年になった覚えがないだけだから………」
おにぎりを食べ始めた東流から離れて、誠士に伝えるとちょっと目を見開いて、机の上にある赤本を目の前において、
「おい問題みて、解けそうか?…………試験前だしな……まずいぜ」
非常に現実的な問題をなげかける。
明後日入試だというのは、本当らしい。
ページをめくると、問題はすらすらと解けるし、やったことがあるなと思える。
「………勉強は飛んでないっぽい」
「とりあえずヨカッタ」
誠士は安心したように俺を眺めて、ふと思い当たったような表情で俺を見返す。
「3年になった覚えないってさ…………。東流、これから、おまえらどうすんの?」
「わすれっちまったもんは仕方ねえだろ、教えてやればいいさ。まあ、ヤスだって忘れたいこともあるだろうし」
さらっと東流はなんでもないような調子で言って、俺のとなりでおにぎりを両手に掴んで、もぐもぐと食べている。
相変わらず、何も考えてなさそうである。
まあ、これからも一緒にいられるように、卒業までに考えるか。
波砂と繋がってれば、親戚にはなれるしな…………。
東流はおにぎりを食べるのをやめて、ジーッと俺を眺めてから、俺の頭に手を置いて視線をあわせる。
「とりあえず、ヤス、オマエは俺のモンだから。今までのように、女の子に手をだしたら、ダメだぜ」
東流は微笑みながら、俺の頭上に特大の爆弾を投下した。
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