210 / 405
大事なこと→sideT
「で、何があったんだ?」
誠士は、康史が、参考書とかを確認している間に俺をキッチンに呼び出して開口一番そう問いかけた。
そりゃなあ、俺がこんな怪我をすることはあんまりないし、康史は1年間もの記憶をぶっとばしてるし、何かあったと考えるのが普通だよな。
「……昼間、予備校帰りに、ヤスが東高のやつらに拉致られて……マワされた。俺と一緒に行動してなかったところを、マトにされた」
一瞬、誠士の顔がびきびきと凍りつく。
俺を静かに見返して、真意を問うような真面目な視線を向ける。
それは、多分俺がどう思っているのか知りたいのだろう。逆上もしたし、やつらを憎んだりもするけど、軽く報復はしたし、それ以上のことをする気はない。
「こっちからは、もうこれ以上何もする気はねーよ」
「なら、いい。康史はどうなんだ?」
誠士の聞きたいであろう要点を、簡潔に口にする。
「記憶をすっ飛ばしてるのは、ショックもあると思うけどよ、ココロの防衛ホンノーってヤツだろ?ちょっと忘れる範囲でけーけどよ。それはアレ、コントロールできねえもんじゃん」
忘れたい一部分だけをうまく忘れるなんてことはできねえだろうし、そんなもんは自分の意思でもないだろう。
そんな器用な真似ができるのなら、人間はもっと楽にいきてけるだろうし。
「まあな。で、オマエの怪我は?」
頭のところをこんこんと誠士に叩かれ、痛覚が戻っている頭はずきずきとする。
さすがに、ヘルメットがぱっかり割れるくらいの衝撃だ。かなりイッてるかもしれないな。
「ッてえな。助けにいくのに、倉庫の扉にバイクで突っ込んだ」
「オイオイ…………相変わらずだな。オマエ倉庫の被害考えてねえだろ」
「倉庫には悪いと思ってるけどな、一応。倉庫には罪はねえしな………倉庫は無罪だ」
一応反省はしているが、あれが一番手っ取りばやいし、バイクを降りるより勝ち目があるし、逃げやすい。
「とりあえず、相手はぶっ潰してきたと。それで、東流の気はすんだわけね」
「完膚なきまでにとはいえねえし、7割くらいは。ヤスが悪いわけでもねえし、そんなン忘れてェだろうし、思い出させないでやりてえなって思う」
キッチンのシンクによっかかって、コップを手にして水を注ぐ。
ちょっと喉も渇いてきたな。
ゴクゴクと喉を鳴らしてコップから水を飲む。
たとえば、康史が一生この一年のことを思い出さなかったとしても、これから作っていけばいいと思うから関係ない。
ずっと俺をスキだったっていうなら、この一年がなくたって、まったく問題ないはずだ。
さっきの様子から顔を赤くしてたし、変わらず俺を好きなんだろうなということが、鈍感な俺にもわかった。
昔からそうだったんだろうけど、俺は気が付かなかった。
「まあ、そういうことなら協力するよ」
誠士がフォローしてくれれば、嘘が下手な俺でもなんとかいろいろ誤魔化せるだろう。
誤魔化すのは誠士だろうけど。
どんなに頑張っても俺の性分じゃ、ボロが出まくってしまうだろうから。
「勉強は忘れてないみてえで、よかったけどなァ。折角ここまできて大学浪人とか可哀想だしよ」
誠士の言葉に俺は頷いた。
必死に遊ぶことすらせずに、ずっと勉強していた。その背中を見てきたから本当にそれは分かる。
「東流が付き合ってるっつったときの康史の顔は、ほんとハトが豆鉄砲くらった顔してたしな。相当キョドってたぜ。らしくもなく。悩んでたころに戻ってるんだろうし、しょうがねえだろうけど」
去年、康史が何を考えてすごしていたのか、まったくわからなかった。
相変わらずオンナ遊びは酷かった気もする。
「驚いてたな。それはそれで新鮮なんだけどさ……。」
「……ちょっと寂しいのか?」
「ちょっとな」
「早く元に戻って欲しいか?」
矢継ぎ早に聞かれて、ちょっと俺は考え込む。
元に戻るってことは全部思い出すってことだ。
康史のあの時の惨状をみて、思い出せなんて、いえない。
「いや、俺以外のヤツとのことなんて思い出すンじゃねえって思ってる」
「ハハハ。トールののそういうジャイアニズムは大好きだけどな。うまく口裏あわせっから、あんまボロだすんじゃねえぞ」
「まあ、それなりにな。思い出すときはきちまうだろうけど、受け止められるようになるまでは、俺は守ってやりてえんだ」
もう、あいつの傷ついた顔は見たくない。
ずっと俺は守ってきたのに、守ることができなかった。
だったら、守るためにどうしたらいいかを考えてえと思う。
そのためになら、ちっとくらい寂しいとかは問題ねえだろ……。
何より大事なのは、アイツのこころ、だ。
ともだちにシェアしよう!