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第3話【いまという名の過去②】
俺の眼鏡が壊れて二時間後、ぽつぽつと雨が降り出しかけてきたころ俺と俺の眼鏡を壊した男・啓介さんはラブホに入った。
金曜の夜だから多くて二軒目で入れた。
そもそも男同士だとラブホも限られてるしな。
「いつもこんなことしてるのかい?」
ふつーのラブホ、ふつーに小奇麗なレベルの部屋に入り、ベッドにダイブする。
三十代前半くらいかと思っていた啓介さんは38歳だった。
結構なオッサン。
俺のほぼ倍だ。
そういや親父いくつだっけ。確か42?
俺の親父も結構若づくりでとても40代には見えないけど啓介さんもかなり若く見えた。
背広を脱いでネクタイを緩めるのがとても様になっていて、大人の色気ってものを感じる。
「まさか。今日は特別」
眼鏡を弁償すると言ってきかない啓介さんを引っ張って近くのカフェに入った。
そして今日俺に起こった出来事を話した。
「さっきの店で話したけどさ、前のオトコのほうがメガネが似合っててかっこよかったーからヨリ戻す、とか意味わからない理由でフラれて凹んでるわけ。そんなときに眼鏡壊れて」
アイスコーヒー飲みながら喋ってみて確信した。
絶対この男も俺と同じだって。
どこかどうでなんて理由は言えない。
でも同じ穴のムジナってことだけはわかる。
「まぁ俺的にはいらない眼鏡だし壊れてよかったのかもな。そのおかげでいまこうして啓介さんとここにいるわけだし」
ベッドの上で胡坐くんで啓介さんを見上げる。
俺と同じタイプの人間に出会えたってだけでもラッキーなのに、啓介さんは喋りやすくてすぐに気にいった。
別に俺だって男なら誰だっていいとかいうわけじゃないけど、ノンケ相手にするより同じゲイだってわかるとそっちの可能性も考えていいんだっていうのは浮かんでしまう。
啓介さんはかなり大人だし俺より経験多いだろうし。
それに当然薬指に指輪なんてものはなくて恋人もいないらしい。
『処女ヤったのに、ひどいと思いませんか。ソイツ』
カフェであっさりと告げれば啓介さんは唖然と目を見開いた。
でもそこに拒絶はなくて、戸惑った様子で俺を見つめた。
『彼氏だったんですけどね』
そう言えば啓介さんは『そうなんだね』とやっぱり戸惑った様子で『……初対面の俺にそういう話していいのかい』と心配気に問われた。
『いーですよ。だって啓介さんも一緒かなと思ったから。勘だけど。違ったらすみません』
『―――……いや』
違わない。
と、長い沈黙のあと啓介さんは苦笑した。
オジサンだけどその困ったような顔が可愛かった。なんて言ったら怒られるだろうか。
俺はますますその気になって、啓介さんを口説いて今ここにいる。
「啓介さんこそ、こういうのって割と多い?」
「まさか。初めて……とは言わないけど最近はほとんどなかったかな」
最近はってことは昔はあるんだな。
まぁそうそう男でもオッケーなんていう相手が見つかるわけでもないし、そういう出会いがある場所に行くこともあるだろう。
「今日は? よかったんですか、俺なんかで」
正直誘ったところで啓介さんがのってくるとは思わなかった。
印象通り喋っても真面目って感じだったし、ガキの俺に付き合ってくれるとは思わなかった。
啓介さんはネクタイを引き抜くと少し逡巡するように口元に手を当てた。
「正直に言うと……」
そしてすぐに俺を真っ直ぐ見て、
「ヨウくんのこと気になったから……。タイプだったからかな」
と微笑んだ。
「……それは、よかった」
初対面だし行きずりだしっていう理由で俺は本名を名乗らなかった。
本当は太陽の陽で"ヒカル"って読む俺の名前。
それをそのまま"ヨウ"って名乗った。
でも、なんだろういま―――ちゃんと本名で呼ばれたかったなと少し後悔。
「先にシャワー浴びてきていいかな」
「どうぞ」
バスルームに消えていく啓介さんの後ろ姿を目で追いドアが閉まった音を聞いて、俺はまたベッドに倒れ込んだ。
まだ出会って数時間の男と、啓介さんともうしばらくすればこのベッドでヤるのか。
そう考えると―――今日振られたことなんて吹き飛ぶくらいに妙に高揚している自分がいて苦笑がもれた。
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