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エピローグ

『もし……――許されるなら、陽と……一緒に暮らしたい』  よく言えたな、と自分でも思う。  あの夜のことはいまだに昨日のことのように思い出せ、陽を抱いた感覚も生々しく思い出せる。  自分がいかに非道な人間であるかを知った。  ため息が出て、追い抜いていくひとびとの多さに自分の足が立ち止まりそうなくらいに遅くなっていたことに気づいた。  取引先の会社から自社へ戻る昼前。どこかで昼食をとって帰ろうかと人混みの中、立ち並ぶビルに視線を流す。  陽と再会した場所ではないけど、最近横断歩道に立つとあの夜と同じように偶然出会わないかと姿を探してしまっていた。  俺が最後に陽を見たのは小学校入学したときの写真だった。  それきりもう12年も会っていなかった。  10月になれば二十歳になる陽。  思い出の中にいる陽は舌足らずに『パパ』と屈託のない笑顔を向けてきていた小さな姿だ。  まさかあんな風に会うなんて思ってもみなかった。  陽を見て、妙な懐かしさと既視感を覚えた。  だけど、自分の息子だと気付きもしなかった。  あの瞬間まで。  ぼうっとしていた耳にバイブレーションの音が響いてくる。  ポケットからスマホを取り出すと大学時代からの親友である早川からだった。  今日夕食を一緒にとなっていたが電話があるということはキャンセルかな。 「もしもし」 「いま平気か?」 「ああ。どうした?」 「悪い。仕事で問題が出て今日は無理そうだわ」 「了解。俺はいつでもいいよ」 「すごくいい飯屋見つけたからお前連れていきたかったんだけどな」 「週末は?」 「んー微妙だな」  早川と友人になってもう20年。ずっと親友でよき理解者でいれるのは同じマイノリティだからかもしれない。  一服中だという早川と次の予定のこと、仕事の愚痴を聞いてから電話を切った。  早川はいつもマメだ。今日の約束は俺からしたもので――俺が最近なにかに悩んでると気付いているようだから気にかけているんだろう。  悩んでいるわけじゃないんだけどな。  実の子に手を出して、罪悪感に苛まれながらもそれでも俺は綾子さんに連絡するだろう。  俺を愛してくれた唯一の女性、陽の母親。  ――二十歳になったら陽と一緒に暮らしたい。  そう告げたら綾子さんはどう反応するんだろう。また俺は彼女を苦しめるんだろうか。  いや、その非じゃなく陽の前に父親として現れれば陽を大きく傷つけるだろう。 「許される……わけ、ないのにな」  傷つけるとわかっていながら行為をやめなかった。  息子だと気付いてなお――、気づいて、俺は。 「ごめんな、陽」  酷い父親で、酷い男で、ごめん。  でも俺は。      信号が青に変わる。  横断歩道に足を踏み出して悲鳴を聞いた。  なんだろう、と顔を上げた瞬間蛇行した車が。  そしてまた遠くでいくつかの悲鳴が聞こえて、衝撃が、走った。

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