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第1話
新緑の隙間から陽光がチラチラと舞い降りる穏やかな午後。
木に寄り掛かり足を投げ出し座っていると、どうにも瞼が重くなってきて……うつらうつらとしてしまう。
ぽかぽか陽気に誘われたところで突っぱねて目を開く、そんな意思の強さなんて持ち合わせていない僕は、大人しく目を瞑り、柔らかな春の日差しに身を預けた。
「───課題をほっぽらかして寝ちゃったの?ナズナ」
ふいにトン──と太腿に掛かる体重。
この心地の良い重さは、猫のラナのものだ。
ぷにぷに肉球と、スルンと脚を撫でていく尻尾の感触が気持ちいい。
「課題は終わったよぉ…ラナ」
膝の上で落ち着いた柔らかな毛を撫ぜる。
「でもね、いつものようにルピナとお師匠様が追っかけっこしてるから、見てもらえないだけ……ふぁ…」
話してる間にも欠伸が洩れる。
「仕方ないなぁ。風邪ひくといけないから、暫くしたら起こすからね」
「うん。…ありがと、ラ…」
「ナズナーっ、癒やして!」
「ひゃぅっ…?!」
一瞬重さの消えた膝の上に、ドーン!と人間の体重が乗っかった。
目を開くと少し離れた場所に避難した黒猫が、呆れたようにこっちを見ていた。
こっち…と言うか、僕の腰に抱き着いたお師匠様を。
「はぁ…、美少年 癒やされる…」
そんなことを言いながらお腹にスリスリしないで欲しい。
「ルピナはどうしたんですか?」
「魔法で2階に閉じ込めちゃった」
「後で怒られても知りませんよ」
「うん。その時は庇って欲しいな」
この一見爽やかで優しそうな青年…に見える金髪おかっぱ中年が、僕のお師匠様だ。
偉大なる魔法使い、なんて持て囃されてるけど、実際に偉大なところはまだ見た事がない。
確かに魔法はきちんと教えてくれるけれど、僕から見たお師匠様は、美少年好きのただの変態だ。
僕の事も、顔で選んで弟子にしたと言っていた。
今はまだ、この顔に産んでくれた母親に感謝していいのか恨めばいいのか微妙なところ。
お師匠様宅で暮らすのは、この変態家主と、人語を操る黒猫のラナ、それから僕と双子の妹ルピナ。
何故か兄の僕に対して過保護なルピナ。初めは僕のことを心配して「安心して預けられる所か私が見極めてあげるから」と付いてきた筈が、お師匠様に一目惚れしてアピールのために居座ってしまった。
お兄ちゃんは自分よりも、君の方がよっぽど危なっかしいと思います。
最近ルピナは、手作りの料理を持ってお師匠様を追いかけることを日課にしている。
昨日は灰色に所々オレンジ色が入った何かから魚の顔が飛び出してる鍋を持っていた。
一昨日は、パイ包みの中身がショッキングピンクだったものだから驚いた。
「今日のは乳紫色って言うの?なんかドロっとした物の中に何かの目玉が沢山浮いてたんだ…」
遠い目をしながら、お師匠様はウプッと今にも吐きそうな口元を押さえた。
「それに、戸棚の中の干し黒蜥蜴の数が減ってた……」
妹よ、それは窃盗だよ……
だけど…、たとえ趣味がポイズンクッキングだろうと、ルピナは僕の可愛い妹。
「ええと…、妹も真剣だと思うので、たまには相手してやってください」
「ナズナ!? 僕にアレを食べろって言ってるの!?君なら食べてあげられるの?!」
「そうですね、たまにで良いので食べて下さい。僕は食べません」
「ナズナが可愛いのは顔だけだ!」
なんて失礼な!
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