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これからのこと、未来の事
発情期を迎えたばかりの者にはよくあること。
アルが予期せぬ発情を迎え、病院に行ったところ、そう、医者に言われた。
女性の生理周期が早くなったり遅くなったりするように、オメガもそういうのがあるらしい。
ストレスや環境の変化には敏感だから、ストレスを溜めないように。
そのありがたいアドバイスに頷くことしかできなかった。
うなじを噛まれた。
発情した状態で噛まれれば、それは番になることを意味するし、それはもう逃れられない運命になる。
後悔はないけれど、本当にこれでよかったのか、とも思う。
ぱたりと、リンはアルを望まなくなった。
何も言っていないけれど、きっと気が付いているのだろう。
兄は何も変わらない。
ときどきべたべたしてくるし、それをなんとなく拒否する。
発情を迎える前と何も変わらない。
そんな時に、義母である葵が妊娠したことを告げてきた。
「性別っていつわかるの?」
目を輝かせて言う兄に、葵は苦笑して、
「まだ先よ」
と言った。
「わかったら言うから」
男の子でも女の子でも、きっと可愛いだろうな。
もっと喜べばいいのに。
そういった感情を表には出さなかった。遠慮、しているのだろうか。
そんなのしなくていいのに。
「おめでとう」
そう伝えたら、少し恥ずかしそうに笑って、ありがとう、と言った。
こたつに隣り合って座りながら、ふたりでテレビを見ていた。
リンは自室に籠っている。きっと煙草を吸っているのだろう。
「ねえ、アル」
「何」
「進路、どうするの」
「えー?
うーん……推薦で行こうと思ってるけど、学部はまだ決めかねてる。オミは」
「医学部行く」
思いもよらない言葉に、兄の顔を見る。
オミはテレビから目を離さず、こたつの上にあるカップに手を伸ばした。
それを一口飲み、兄は言葉を続けた。
「傷だらけだし、どうせ普通の人生なんて歩めないから。
ほんとは引きこもって研究職が理想だけど」
「それ、自分で決めたの?」
「まあ……ね」
そう言って、兄は苦笑する。
本当は自分の意思ではないのでは、と思う。
「紫音みたいに、痛みを取り除くことはできないけれど、痛みは知っているから」
「それが理由?」
「他にも色々あるけど、まあ、お金出す言われたしねー。
まあ、受かるかどうかが問題だけれど」
兄なら、普通に勉強すれば受かるだろう。
そもそもアルファだ。理解力は一般より断然高い。
「そう」
兄の進路に口出すつもりなど元よりない。
そういえば、静夜はどうするつもりなのだろうか。
親と同じやはり医師を目指すのだろうか。
「俺はできれば起業して、なるべく家にいたい」
なんで、自分の回りには思いもよらないことを答える人間が多いのだろうか。
アルは、ベッドに隣り合って座る静夜を呆然と見つめた。
ここは、静夜の部屋だ。
休日なので、彼の家に当たり前のように連れてこられた。
「き、起業って」
「そうだな。
まだ考えている最中だけど。
そもそも医者になるつもりなんてないからな、俺は」
そして、前から抱き締められたかと思うと、静夜は目をじっと見つめて言った。
「お前と一緒にいる時間、たくさんほしいし」
そんな理由で起業とか、大丈夫だろうか。
それについては嬉いような、なにか違うような気がするような。
複雑な心境だった。
「あの人に、なにもされてないよな?」
きつい口調で言われて、アルは何度も頷いた。
「なんにもまだ言ってないけど……何もない、よ?」
リンは本当に何にもしてこない。
あのセックス依存が何週間も誰も抱かずにいられるかといったら、そんなことはないと思う。
セフレを新たに作ったのか。
それとも、まさか兄と?
いや。兄は性的なことはトラウマだし、何かあるとは思えない。
「どうしてるんだろう」
「何が」
「あ……その、リンは、毎日誰か抱かないと気がすまないはずだから……」
すると、静夜は呆れた顔をして、
「それって、依存性?」
「たぶん、でも正確なところは知らないけれど。
でも、何人も愛人がいるはずだから」
「あの人、大丈夫か」
その問いに、首を傾げることしかできなかった。
リンはなんにも言ってこないし、煙草の量が増えたかもしれない以外、変わった点はない。
そもそもヘビースモーカーであるし。
彼は、どうするのだろうか?
自分から手をひいて、誰を番にするのだろうか。
「アル」
甘い声がすぐそこで聞こえ、唇が重なる。
触れるだけのキスのあと、熱い息が、アルの唇から漏れ出る。
「あ……」
「愛してる、アル」
「静夜、俺も……」
そのままベッドに押し倒され、何度も口づけを交わした。
抱かれるならこの腕がいい。
この匂い、この体温、すべてが心地いい。
時間を忘れ、アルは静夜と思う存分甘い時間を過ごした。
アルのいない家。
今日は休日だし、きっとアルは彼のもとに行っているのだろう。
リンは、リビングのソファーのうえで、オミの肩を抱き口付けていた。
最初は嫌そうだったが、最近はそういった様子がなくなりつつある。
そもそもアルファだし、性的なことにトラウマがあるオミだ。
事を急いてはパニックを起こすだろう。
少しずつ、少しずつ、慣らしていこう。
そう思い、今はキスしかしていない。
舌もいれない、ただ、触れるだけのキス。
最近では自分から背中に腕を回し、キスを受け入れるようになっていた。
ここまでくるのに2ヶ月を要した。
そろそろ次に進めたいと、本能が訴える。
試しに舌を出して唇をペロリと舐めてみる。
すると、びくっと、少し身体を強ばらせたが、おずおずと薄く唇を開いた。
その僅かな隙間から、舌を差し入れ歯列をなぞる。
するとオミは自分から舌を出してきたので、逃がさないように絡めとり、頭を後ろから押さえつけた。
「んン……」
少し苦しげな声が漏れ、背中に回された手に力が入る。
これ以上はまずい。
そう思い口を離すと、苦しげな表情のオミが、吐息を漏らし胸にうずくまった。
「あ……はぁ……」
「ごめんね、驚かせた?」
言いながら背中を撫でる。
「う、うん……」
まだ早かったかと、少し反省をする。
しばらくして、オミは顔をあげ、うっとりとした顔でリンを見た。
こんな顔ができるのかと驚き、リンの心臓が高鳴っていく。
早く抱けと、本能が訴えかける。
そんなことはできないと、リンは理性でその本能を押さえつけた。
あとで誰か呼び出そう。
セフレはいくらでもいる。
「嫌じゃ、ないけど……まだ、僕……」
「ごめんね。
もうやらないから」
そう言って頭を撫でると 気持ちよさそうに彼は目を細めた。
初めからこうしておけばよかったのだろうか?
アルではなく、オミを選んでおけばよかったのだろうか?
けれど、この関係は長続きしないだろう。
アルファとアルファ。
決して一緒にはなれない。
なら、今だけ夢をみることを誰が責められる?
国にあてがわれたオメガは奪われたのだから、本当に好きな相手と一時の夢を見るくらい許されるだろう。
リンはオミから離れると廊下に出て、スマートフォンを取り出した。
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