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第1話

 若様が久しぶりに帰ってくる!  お屋敷中がその話題でもちきりで、僕も嬉しくて嬉しくて、屋敷中を走り回っていた。廊下で出会う人たちは、そんな僕を呆れたような顔をしながらも、僕と同じくらい嬉しそうに笑ってる。だって、みんな若様が大好きだもの。 「ルイ!走り回ってないで、母さんの手伝いをしなさいっ!」  母さんは、このお屋敷の主、ヒデュナ・アイサー様に雇われている庭師だ。今は亡き、おじいちゃんの跡をついで、この美しい庭の手入れをし続けている。  ヒデュナ・アイサー様は、この獣人の国のシュライデン王家に仕える魔法使いを束ねる長で、その息子である、エリィ・アイサー様が、長い旅を終えられて、久しぶりにお屋敷に戻ってくるのだ。  僕が憧れてやまない、エリィ様。ヒデュナ様の次に長になられると、国中がそう思ってる。 「ルイ!」  父親が人間の僕、ルイ・ズワイスは半獣人。肉体的に僕よりも優れている獣人の母さんに、すぐに捕まえられてしまう。僕の襟首を掴む母さんは、美しい白狼の獣人だ。それに比べて、僕は人間の姿に白い耳と尻尾がついている中途半端な格好。半獣人は、どうしたって獣人の野性的な美しさに比べると、不完全な生き物だと思ってしまう。  美しい母さんが、呆れたように僕に言う。 「嬉しいのはわかるけど、若様が戻られた時、綺麗なお庭をお見せしたいでしょう。だから、母さんの手伝い、お願いね」 「……はい。ごめんなさい」  僕は嬉しいことがあると、どうしても興奮を止めることが出来なくて、力を持て余して走り回ってしまう。それに、半獣人なら人間の姿になることも出来るのだけれど、それもうまくできなくて、父さんのほうのおじいちゃんやおばあちゃんに会いに行くことも出来ない。人間の国には、獣人の姿では行くことが出来ないから。  以前は、人間のおじいちゃんたちが、わざわざ会いに来てくれていたけれど、最近は、すっかり体力が落ちたからと、僕に会いにくることもない。でも、本当の理由を僕は知ってる。僕の父さんが、もう、この国にいないから。父さんと母さんは、僕が学校に上がるころに離婚したんだ。そして、父さんは僕を置いて人間の国へと帰っていった。それ以来、僕は父さんに会っていない。  ズワイス一族は庭師の一族で、あちこちの王族や貴族の家の庭の手入れをしている。特に本家は王家の立派な庭園を任されていて、時々、僕も母さんと一緒にお手伝いに行く。父さんは、その庭師の技術を学ぶために人間の国から来て、母さんと恋に落ちた。だけど、やっぱり、人間の国での仕事に未練があったんだって。だけど離婚までする必要はなかったんじゃないかって、僕は思ってる。 「ほら、ルイ、ぼうっとしないで」  母さんが脚立に乗りながら切った枝を、箒で掃き集めていた僕。つい、考え事をしていて、手が止まってしまったのを、母さんに注意されてしまった。慌てて落ちている枝葉を集める。 「ズワイスさん、裏の方、終わりましたよ」  母さんとそんなに年は違わない、ヘンリーさんが道具を抱えながら戻って来た。ヘンリーさんは、ズワイス一族ではないけれど、個人で庭師の仕事を請け負ってる。おじいちゃんが亡くなってから、よく手伝いに来てくれる。母さんとは、造園学校で先輩後輩だったらしい。 「ヘンリー、ありがとう。あとは、バラ園の方、様子見てきてくれる?」 「わかりました」  あまり表情を表さないヘンリーさん。だけど、ヘンリーさんのところの娘さんが、そろそろ中等部にあがるとかで、母さんと嬉しそうに話してたのを思い出す。 「ルイ、ここの片づけが終わったら、ヘンリーのところに行って、バラの花をもらってきて。奥様が、エリィ様のお部屋に生けたいとおっしゃってたから」 「うん!わかった!」  若様が好きな薄いピンクのバラが、そろそろ咲き始めるのを思い出す。僕は、急いで集めた枝葉を塵取りにまとめて、僕たちが住んでいる小屋の裏の堆肥用の大きな穴に捨てると、バラ園に向かって走り出した。

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