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第5話

「あーあ… 仕方ないですね。このまま朝まで待ちますか」  海沿いの埋立地。コンクリート床はやたら寒い。寝たら死ぬぞーー! て展開? まさか。  僕が一人で青ざめる一方、根越君は手近な段ボールを物色する。 「佐藤さん、事後報告ですいません、箱開けました」  あ、はい。 「中身出していいですよね?」  はい、うん、そうですね…  どちらが正社員か判らない。  資材に巻いてある毛布を剥がし、特大段ボールを横倒しにした中に敷き込み、僕に手招きした。  かまくらの様に窮屈な箱の中、隣り合わせて座り暖をとる。  まいったなぁ…  昼間の告白を引きずっているのは僕。  気不味さを何とかしたくて焦る。  暗闇の中、余計な事を口走ってしまう。 「どうして君が、こんな僕なんかと……」  しばしの沈黙。 「佐藤さん、お仕事してないんですね」 ……っ! 急に何?! いつになく冷たい口調で続ける。 「安そうな背広。この会社、スーツブランド展開してますよね?社販で良い物を買ったらいいじゃないですか。正社員はボーナス出るでしょ?」  はい。その通りです。 「服に興味無いですよね。スーツ2着ワイシャツ5枚、ネクタイ季節毎に3本計12本ですか?店回りするならもう少しヤル気出してくれないと、ねぇ?」  すいません、なんかほんとすみませんっ  心の中で白旗を挙げた。降参です。手ぇ抜いてた事、認めます。 「…服装とか髪型とか業績とか、正直どうでも良くてさ。所詮 人質 だし。どうせ」  闇につられて胸の内を漏らしてしまった。  やりたい事を見据えている人が羨ましい事、社内で問題を起こさないよう抑圧している事… 「僕なんかと親しくしてると、就活の為に身体張ってるーなんて噂されちゃうよ?」  そう、僕には関わらない方が君の為。 「俺、佐藤さんの事、就活の伝手(つて)にする気はないですよ?この会社に就職する気、無いんで。 …テーラー志望なんです。将来紳士服オーダーメイドの店を持ちたくて」 オーダー?既製服の真逆? 「そう言われてみればそうですね。敵側だ!」  カラカラ笑う。 「…さっきはすいません、意地悪言いました。佐藤さんの背広に実際触っちゃったら、言わずにはいられなくて。 軽装(カジュアル)はいいけど、スーツは違いが一目瞭然でしょ?肩の位置も袖丈も、きちんと着たら絶対格好いいのに、勿体無いなって思ってずっと見てました」  肩幅、ちゃんと把握していますか?学生服じゃないんだから…と言いながら採寸の真似事をし始めた。 「袖口からシャツを少しだけ見せると、デキる男に見えるんですよ」  至近距離で見る真剣な眼差し。彼の手が僕の肩の稜線を撫でていく。無頓着に買った既製品の背広の肩位置を合わせ、僕の背筋を整えて前を合わせた。  たったそれだけ。なのに、後ろ向きだった気持ちが、しゃんと前に向かう気がした。  君は魔法使いか?  服を通して、着る人の気持ちを変えられるのか。 「利用できるものは何でも利用する。賛成です、それ。お世話になったら、ありがたく戴いて感謝したらいいんです」  でもそれじゃ貰いっぱなしで。何かお返ししなくちゃ失礼だよ。  僕には何もできないから、せめて迷惑をかけないようにしなくちゃ… 「"御恩送り"ってわかります?目上の人から受け取った恩義は、返さなくても次に送る。そういうお礼の仕方もアリです」  誰かの顔を立て、出しゃばらず、迷惑をかけず、引く事がベストだと思っていた。でも、それでは何も生まれない。  叔父や会社や、周囲への感謝を示すには?  もっと僕自身を活かせばいい。  得た機会を活かし、経験を重ねて成長する。  そして、受けた温情は、次に送ればいい。  自然と気持ちのシフトが切り変わった。  パラパラと何かが剥がれ落ちていく感覚…  暗がりに目を凝らして根越君を見ると、彼は冗談めかして笑う。 「メジャーを持ち歩いていれば良かった。そうしたら、胸囲を測るフリして抱きついたり、オイシイ思いを出来たのにぃ…」  おいまて、エロオヤジか!? 「今度はちゃんと用意しておきますから、測らせて下さいね?」 「やめて、それだけは…」  暖かな気持ちになって、自然と笑っていた。  声を立てて笑ったのはいつ以来だ。  段ボールと毛布、そして寄り添って眠る僕等。  問題を起こしたい君と、起こしたくない僕の攻防戦は始まったばかり。 *    *    *  あの日の魔法が、僕の進む道を変えていく。  いよいよ新店舗オープンの日。  運営の社員も春の新作を身に纏い、店頭応援に入る。  スタッフの目印は、ブルーのネックストラップに変わっていた。  この日の為に本気で選んだモノトーンコーデに身を包む。  ボトムの尻ポケットに、ピンクのハンカチを。ひっそりと彼だけが気付いてくれるように。  秘密のサインは、解る人にだけ伝わればいい。  店頭に出て3分。 「…本気にしてもいい?」  いつの間にか背後にいた根越君が、するりとハンカチを回収して立ち去った。  質問の答えは……  伝わってるから、言わなくていいよね? <おしまい>

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