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episode4
――エレアン 診療所
アルノー視点
あれから数日。
もともと病気やケガの治癒が早い俺は、もうほとんど痛みもなく、ほぼいつも通り動けるようになっていた。
だからこそ、折に触れて師匠にある頼み事をしているのだが。
「ダメだよ」
はらりと羊皮紙を捲りながら、師匠は事も無げに言った。
「どうしても、ですか……?」
「うん。だーめ」
にこ、と微笑みつつもばっさりとしたその言葉にがっくりと肩を落とす。
「森に行って、その救世主さんとやらに確実に会えるとは限らないでしょ?それに、また襲われたらどうするの?」
「……っう、それは」
「君はせっかく救世主さんに助けてもらった命、無駄にしたいのかな?」
「ち、違います……!」
「なら大人しく鍛錬に励むんだね。ロディに勝てるくらい強くなったら一人でも許可してあげるよ」
「……!!」
ロディ、というのは師匠の旧友であり王都騎士団の副団長を務める人である。
しがない見習い魔術師の自分など到底敵うわけがない。
つまりはどうあってもしばらくの間は行かせないよ、とそういうことだ。
(……しょうがない今日も大人しく……)
師匠の言うとおり、鍛錬でもしようと息を吐く。
「まあ、生きてればそのうち会える日が…………」
あまりに落胆する俺を流石に気の毒に思ってくれたのか、慰めるようにそう告げつつ、ちらりと日付をみた師匠が言葉を止めた。
「……師匠?どうかし……」
「――――まったく。アルノーは運が良いね」
言うが早いか、師匠は読んでいた書類を机の端に置くと、別の紙へさらさらとペンを走らせた。
「森に行く許可は出せないけど、チャンスならあげてもいい」
「……へ?」
「これ。今からお使いに行って、このメモに書いてあるものをしっかり揃えてきて」
お店も指定通りにね、と付け加えた師匠は俺にメモを渡すとすぐくるりと再び書類に手を伸ばす。
「っありがとうございます!」
「チャンスって言ったでしょ。会えなくても、お使いが終わったら速やかに帰ってくること。いいね?」
「はい!」
ひらひらと早く行けと言わんばかりに手を振り、視線を書類に戻す師匠。
もう一度、頭を下げ、買い出し用の鞄を持ち外へ飛び出した。
―――――
―――
――
エレアン 街中
「思わず飛び出しちゃったけど……別に変わった内容じゃないんだよなあ」
メモをよくよく見ると傷薬や塗り薬用の薬草だったり魚の鱗だったり――――値段の指定もなく、言ってしまえばいつも買うものとさほど変わらないのである。
強いていうなら指定されているのがいつもの大通りの店ではないことくらいだ。
「いやでも師匠のことだからなあ……」
『僕が君に与えるものは常に修行だと思ってね』
にこりと笑う顔が容易に頭に浮かぶ。
基本的に手加減やら容赦やらしない師匠のこと。
そう一筋縄ではいかないことは分かっている。
とはいえ、現時点で出来るのはメモに書いてあるお使いをこなすことなわけで。
「まあ、こなせばそのうち分かる……ってことなのかな」
と。
「なーにブツブツ言いながら歩いてんだ?」
ぶつかるぞ?
聞き覚えのある声に顔をあげ、思わず「あ!」と声が出てしまう。
噂をすれば、というやつなのだろうか。
顔を上げた先、目に入ったのは燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳をした男性。
「ロディさん!」
煙草を咥え、Tシャツとジーパンというかなりラフな姿をした彼はよお、と片手をあげる。
「お久しぶりです!」
慌ててぺこ、とお辞儀をするとロディさんはけらけら笑った。
「相変わらず真面目ちゃんだな、お前さんは」
そして流れるように、俺の手からメモを抜き取る。
「あ!返して下さい!」
咄嗟に取り返そうとするものの、身長差的に届かず、ひらりと避けられてしまう。
彼はニヤリと笑ってメモを見つめ、きょとんと表情を変えた。
「あり?なーんだ、ラブレターじゃねえのか」
ほい、とあっさりメモをこちらに向けながら悪かったなとまたけらけら笑う。
「な……っラブ……!?」
違いますよ!と思わず強く否定してしまい、彼は怖ェ怖ェと笑みを深くする。
「……もう、暇なんですかロディさん。俺に構うより仕事してくださいよ」
「見りゃ分かるだろ?休暇中なの。せっかく久々に会ったんだから、お喋りくらい付き合ってくれや」
―――――
―――
――
道端で立ち話もなんだから、と近くにあった喫茶店へと入る。
彼は王都の騎士団副団長、一方で俺は小さな街の見習い医者兼魔術師。
普通は、こんな談笑できるような関係ではないが。
「リオは元気か?」
エレアン出身である彼は俺にとって剣術の師であり近所のお兄さんでもあり、師匠と引き合わせてくれた人でもある。
そんな彼は懐から出した新しい煙草を一本咥え、火をつける。
俺は彼が頼んでくれたケーキと紅茶に手を合わせながら、師匠を思い浮かべた。
「いつも通りというかなんというか……変わりないですね」
「そー。ま、アイツはそんなもんだよなァ」
ロディさんはくくっと喉で笑いながら、ふうと煙を吐く。
「会いに来ればいいじゃないですか」
「いやあ、オレ消毒液とか薬の匂い苦手なんだわ」
ちょっと意外に思えて「へえ」と言葉が出てしまう。
と、ロディさんは話をそらす様に「で?」と足を組みかえ目を見据えてきた。
「ただのお使いにしちゃあ、随分浮かれてたみてえだが、何か良いことでもあった?」
なるべく平常心を心がけていたのだけれど、彼にはぱっと見ただけでも分かってしまったらしい。
「あったというか今からあるかもしれないというか」
なんだそりゃ、と首を傾げる彼に経緯を説明する。
森で獣に襲われたこと、そこに救世主さんが現れたこと。
残念ながら顔は見ておらず、声しか聞いていないこと。
そして師匠に何度も頼みこんで今日、チャンスを貰えたこと。
「へえ、なるほどなあ……」
「けどその、師匠にしては内容が普通というか……単純というか」
「…………」
顎に手を当てて何か考えた後、もう一回メモ見せてみろとロディさんは手を差し出した。
今度は素直にどうぞ、と渡す。
じっくりと眺め少し唸ったあと、はいよとメモを返される。
「ふうむ……まあ確かに変わったモンはねえな」
「ですよね。師匠にしては易しすぎて……」
「うーん……――――あ、そういや今日って何日だ?」
「へ?今日は……」
そういえば師匠もカレンダーを見て何かに気付いた様子だった。
ふと思い出しながら日付を告げると、ロディさんは「ああ、なるほどな」と何か納得したようで。
にかっと笑うとくしゃくしゃと俺の頭を撫でる。
「わ!なんですか……っ」
「頑張れ、アルノー」
「ちょ、一人で完結しないでくださいよ!」
「んー、いや。ここはリオの意思を尊重しようと思って」
「はい?師匠の、意思?」
「おー。可愛い可愛い弟子への、サプライズプレゼントってやつ?」
言っちまったらサプライズになんねーだろ?
それを聞いてしまった時点で果たしてサプライズと言えるのだろうか。
そんな考えが頭を過 ったけれど、敢えて突っ込むことでもないと黙って頷く。
「で、でもなにか気付いたことがあるなら……ヒントを……頂けないでしょうか」
色々考えすぎて堅苦しい聞き方をしてしまった俺をロディさんはふっと鼻で笑い「しゃーねえ。スペシャルヒントな」と教えてくれたのだった。
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