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episode6

――――― エレアン 診療所 あれから数刻が過ぎ、俺は救世主さんを連れて診療所へ帰っていた。 「おかえり」 全て知っていたとでも言いたげにテーブルに肘をついて待っていた様子の師匠。 「師匠!あの、……」 結局傷だらけで帰ってきてしまい、なんて言えばいいんだろう?と言葉につまった俺の肩にぽん、と手を置く。 そして「運が強くて良かったね」と笑ったかと思うと、あろうことか後ろにいた救世主さんその人へにっこりと微笑んで……―――― 「やあ」 親しげに話しかけ……そして、更に。 「こんにちは」 師匠はおろか救世主さんまでも親しげに挨拶を交わしたのだった。 ――――― ――― ―― そして現在(いま)。 「あっはっはっは!!!」 事の経緯を説明した俺を師匠はけたけたと目に涙を浮かべてまで笑い、その人――ラルフ=ディールさんはこら、と(たしな)めてくれた。 「自分のお弟子さんが危険な目にあったというのに、そう大笑いするものではありませんよ」 ねえ? そう言いながら、ラルフさんは先ほどからゴリゴリと薬研で薬草をすり潰している。 なんでもあの幽幻草(ゆうげんそう)とやらは、いわば合言葉みたいなものだそうで、にしか作れない薬を頼む時の要するに隠語らしい。 (知らなければ絶対にたどりつけない、知っていても心から強く望まなければ店への道は(ひら)かない) 本来は路地に入る時に意識して呟く必要があるそうだが、今回は師匠が書いたメモに込めてくれた力のおかげで無事に見つけられたというわけだ。 ((かす)かで(まぼろし)……か) 確かにラルフさんを見ていると、その表現はしっくりと馴染むもので。 (綺麗なひとだもんな……) と、俺がしみじみと考えているというのに。 「いや、だってねえ……こうも上手く行くとはさ」 くくく、と再び込み上げたのだろう笑いを抑えようとして抑えきれていない師匠が思考の邪魔をする。 「リオ」 呆れを含んだ声で、ラルフさんが師匠を呼んだ。 「ははは!うん、悪い、ごめんねアルノー」 目に浮かんだ涙を拭いながら、笑いを噛み殺した師匠は息継ぎをしながら謝罪を口にする。 そんな笑いを我慢しながら言われても、と思いつつ「大丈夫です」と返す。 それでもふふふ、と再び堪えきれない笑みを溢し、師匠はちらりとこちらを見た。 「いやでもさあ……まさか、こんな予想の斜め上を行ってくれるとは正直、思ってなかったよ」 うんうんと頷きながら、少し落ち着いてきたものの、反動なのか()せる師匠。 どうぞ、と水を差し出しながら俺は、先ほどの出来事を思い返した。 ――――― 「御用が無ければお帰り下さいませ」 得てすると女性にも間違われてしまいそうな柔らかな声で男達に話しかけたラルフさん。 その雰囲気に油断したんだろう彼らは、二人とも『ああ!?』と声を荒げた。 「んだあてめえ。優男(やさおとこ)が何の用だよ」 「引っ込んでろ。ケガする前によお」 「いえ、そういうわけには。ここで喧嘩されると、他のお客様にもご迷惑ですし」 挑発する言葉、怒鳴る声にも全く動じずにこにこと笑む彼に、男達は苛立ちを募らせている。 やがて一人が目配せし、ちらりとこちらを見たものの、後ろに逃げ場がないのを確認したのかニヤリと口元を歪める。 「ハッ、なるほど。兄ちゃんいい度胸じゃねェか」 あわよくば、俺と彼と二人分。 そう思ったのか、完全にターゲットを変えた男達はニヤニヤと笑う。 「今から泣いて謝っても許さねぇからな!!」 パキパキと拳を鳴らし体格の良い方の男が構える。 「……仕方ないですねえ」 対してラルフさんは、表情を消し男を見据えるだけで。 それが気に触ったらしい男は、威嚇するように声をあげ、地を蹴った。 「……っ!!」 思わず顔を伏せたが、次の瞬間。 「っうお……!?」 驚いた声をあげた男の方を見遣る、と。 ひらり。 まるで風に揺れる木の葉のように、体を揺らした彼だが、次の瞬間、そのまま男が地面へと倒れこむ。 「っぁあ!腕、が……ぁッ!?」 絶叫し、右腕を押さえる男。 地面を転がる彼に立ち上がる様子はない。 慌てたもう一人の男は、刃物を取り出し叫び、走り出す。 「……!!あぶな……えっ?」 今度は流れる水のように。 ラルフさんは一瞬で間合いを詰め、刃物を持った手を払うと、懐に潜りこむ。  どす、と鈍い音がして、途端に男は腹部を押さえて踞った。  「っゔぁ……ぐ……」 「……身の丈に合わない武器はお持ちにならない方が良いですよ」 未だ呻いている二人が彼を睨みつける。 ため息を吐いたラルフさんが、それはそれは優しい声音で彼らに告げる。 「まだ足りないなら、いくらでもお相手致しますが」 どうなさいますか。 その様子に勝ち目が無いことを悟った彼らは、舌打ちし何とか起き上がった男が、もう一人を支えて立ち上がらせると足を引きずりながらそそくさと逃げていった。 「……大丈夫ですか?」 それを見届け、隣まで来てくれたラルフさんが立てますかと手を伸ばしてくれる。 あまりに早い展開にぽかんとしてしまい、尻もちをついたままだった俺は慌ててはい、と返事をしてその手を掴んだ。 「あの、助けて頂きありがとうございます」 「いえ……ところで、君は」 「あ、実はその、少し前に森でも助けて頂いて……」 その言葉にやはりそうですか、と微笑み、彼はフードを脱ぐ。 ふわりと(こぼ)れる銀色の髪を、きらきらと建物の隙間から降りてくる光が照らした。 (う……わ……っ) 二度も助けてもらったこともあってか、その姿はさながら天の使いか何かのようで。 「君とは縁が深いみたいですね……お名前を伺っても?」 「あ、えと……アルノーです。アルノー=エックハルトです」 その自己紹介に微笑みを崩さず頷いた彼は、ありがとうというと、手を差し出して自分の名前を告げる。 「ラルフ=ディールと申します。よろしく、アルノー君」

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