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残り火2nd stage 第1章:今までで一番、熱い夏!4

*** 「やれやれ……。えらい目に遭ってしまった」  義兄さんの心の友だという、昴さんからレクチャーされたこと――。 『穂高くんはイケメンで図体もアレも程よく大きいけど、心が滅茶苦茶小さくて弱いよな。残念ながら』  撫で擦った俺の胸元を、拳でトンと突くように軽く殴る。 「俺のようなヤツが相手なら怖いのも分かるが、義兄の昇さんに逃げの姿勢ってどうよ?」 「逃げの姿勢?」  言ってる意味が分からず、バカみたいなオウム返しをした。空気が読めないのにも程があるな。 「おぅよ。恋人の名前をしれっと呼び捨てにされて、あからさまにイラッとしただろ。そんな態度を出したのに、さっさと逃げたじゃないか」 「確かに……。イラッとはしましたけど、そこまで騒ぎ立てるものじゃないですよね」 「穂高あのときのお前、嫉妬心を思いっきり目で表していたのに、そんなことを言うとは。大人になったというべきなのか、俺に弄られるのが恐かったからなのか」  俺の言葉に呆れたような声色で、ブツブツ言う義兄さん。 「俺は絶対にイヤだね、そんなの。たとえ昇さんでも、迷いなく交戦すっけどな。好きな相手を自分のモノみたいに言われたり扱われたりするのは、やっぱり許せないと思わないのか?」 「はぁ、まあ……」 「この場に恋人がいて一部始終を見ていたら、どうなっていたか。怒りを抑えて変にカッコつけたお前を見て、愛されているんだろうかと愛情疑われるぞ、間違いなく」 「……別に、格好つけてるワケじゃないですけどね」  俺のすべてを知り尽くしている義兄さんだからこそ、しなくていい争いを避けたかっただけなのだ。 「その言い方も、実際カッコつけてるよなぁ。しかも目に出てるぜ、内心すげぇ焦ってるのが」 「焦ってなんて――」 「いいや、超絶焦ってるね。次はどんな図星を指してくるだろうかとハラハラしながら、焦りまくってるよなぁ穂高くん」  いきなり子どもをあやすように頭を撫でられてしまい、困惑するしかない。 「俺たちの前だから、カッコつけたがるのも分かる。だがな、恋人の前ではそんなモン脱ぎ捨てちまいな。カッコつけて心の内を隠すと、恋人にいらない誤解を与えさせるだけなんだ。言葉で気持ちを伝えていても、すべてを伝えきれないからこそ、すれ違いが生じてしまうんだぜ」  どこか悲しげな表情を浮かべながら話してくれる内容に、じっと耳を傾けた。 「千秋ってコは、お前の前でカッコつけたりするのか?」 「……しません。俺に向かって、素直に気持ちをきちんと表してくれます」  出逢ったときからそうだった。そして今も……。最初はあんなに毛嫌いしていた俺に、たくさんの愛情を注いでくれている。 『好きだよ、穂高さん』  そう告げられるたびに、心臓が絞られるように軋んでしまうんだ。俺を見つめるキレイな瞳が千秋の気持ちを表していて、幸せを感じてしまう。心のすべてを癒してくれる大切な存在――。 「恋愛はケンカと似ていてなぁ。相手から目を逸らしたら負けなんだ。どうしてだと思う?」  相変わらず俺から視線を外さず、挑むように見つめる視線に負けないように、目力を込めて睨み返してみた。 「そうですね。目を逸らしたら、相手がどんなことを考えているのか。次はどんなことを仕掛けてくるのかが、分からなくなるからでしょうか」 「正解、さすがは昇さんの弟。頭いいなぁ」  くすくす笑ったと思ったら、俺の頭を撫でている手を使って、いきなり顔面を鷲掴みされてしまった。 「いぃっ!?」  大きな手で力いっぱい顔を潰す勢いで鷲掴みされる理由が、さっぱり分からない!   ――痛い……痛すぎるっ! 「ほどほどにしてやってくれよ。こう見えても穂高は弱いんだから」 「あぁ!? だから痛みに対して、強くしてやってるんじゃないか、なぁ?」  なぁって聞かれても、こんなので強くなれるとは到底思えない。何を考えてるんだ、この人。 「あっ、あのっ、痛いです。離していただけませんか?」  掴んでいる腕に両手をかけたのだが、まったく歯が立たない。相当、鍛えこんでいるんだろう。 「何だよ、俺は腕1本なんだぜ。お前は2本も使ってるのに、こんなの外せないのか?」 「あ~あ。顔が潰されちゃうかも。素人相手にヤクザの全力とか、大人気ないんじゃない?」 「何を寝ぼけたこと言ってんだ、昇さん。俺みたいな相手に簡単に負けるようじゃこれから先、世の中の人間に叩かれて、恋人共々真っ逆さまに落ちるんだぜ」 (千秋と一緒に、真っ逆さまに落ちる――?) 「その両腕を使って、恋人を守っていくんだろ? 自分を守れない人間が、大切な誰かを守ることなんて、到底できないだろう。なぁ?」  男の指先が更に皮膚に食い込む感覚を感じながら、両腕に渾身の力を入れてやった。掴んでる腕をぎりぎりと絞り上げながら引っ張ってみると、呆気なく外される。 「っ……。腕の筋が変になるかと思った。やるじゃねぇか、頭を使った力技」 「俺の顔も少しだけ潰れたかもです。恋人に振られたら、慰謝料を請求しますよ」  顔を撫で擦りながら言うと、手首をぷらぷらさせて嬉しそうな笑みを浮かべた。 「漁師って仕事も大変だろうけどさ、それ以上に男同士で生きていくのは、いろいろと周りから突っ込まれるからさ。機転利かせながら守りつつ、恋人には腹の内を全部晒しておけよ、なっ!」  なっ! の部分でいきなり伸ばしてきた男の腕を、寸前のところで慌てて掴み止める。 「穂高くん、何で止めるんだ。せっかく自分の見立てを、この手で確かめようとしたのになぁ」 「確かめないで下さい。潰されたら、それこそ死んでしまいます」  残った片手を使われたら、それこそお終いだ――大事な部分が潰されてしまうかもしれない。 「なりふり構わないその感じ、最初のときよりもいいわ。必死さが目から伝わってくる。それでいいんだ」  ひとり納得した顔して、あっさりと腕を引っ込めた。 「その感じ、忘れんじゃねぇぞ。結構大事なんだ、それ」 「はい、有り難うございます。それじゃあそろそろ時間なので、失礼します!」  告げられた意味が正直よく分からなかったが、また何か奇襲をかけられても対処に困ると考え、さっさとここから立ち去るべく頭を下げて、事務所をあとにした。  扉を閉めた瞬間、大声で笑うふたりの声が扉から漏れ聞こえる。 (――俺、からかわれたのか?)  さっきまで行われたことをしんみりと思い出している間に、千秋がバイトしてるコンビニに到着した。遠くから見ても簡単に見つけられる、愛おしい君の姿。楽しそうに仕事をしている千秋を見つめるだけで、自然と口元が緩んでしまうんだ。  そんなことを考えながら腕時計を見たら、あと数分でバイトが終わる時間を指していた。 (出てきたところを驚かせてやるか。それとも、家の前までついて行ってから驚かせてやるか。どっちが驚いてくれるだろうか?)  ワクワクつつ、車を駐車場に停める。そしてコンビニの影に自分の体を隠して、どうやって驚かせてやろうかと考えを巡らせていたら、千秋の声が外に響いて聞こえてきた。  ハッキリと聞こえてきたのだが―― 「……どうして男と一緒に歩いているんだ、千秋」  両手にビニール袋を提げて、実に楽しそうな感じで男と喋っていた。黙って、その様子を窺うしかない。 「ゆっきーからメールが着てるよ。もう家の前にいるってさ」 「早っ! この蒸し暑い中を、ずっと待たせるのも悪いから急ごう」 「急ぎたいのは山々だけど、振動のせいで開けた途端に、ビールが大爆発するかも」 「それは勘弁だよな。アキさんの家がビール臭くなっちまうから。程よく急ごう!」  ふたり仲良く並び、急いで歩く後姿に声をかけられない状態だ。しかもこれから千秋の家で宴会をするような話に、思いっきり困惑するしかない。 「どうする……。今夜はもう、千秋の家には泊まれないだろうな」  50メートルくらい距離をとって、とぼとぼ後ろを歩いた。あとをつけたところで、中に入れないことは明確――君が楽しそうに笑っている姿を見られるだけでもあり難いことだというのに、どうしてこんなにも悲しい気持ちになるのやら。  あ~あと気落ちしているところに、隣の男が飲んでいたペットボトルを押しつけるように千秋に手渡した。  離れているので何を喋っているのかは分らないが、千秋が困ったような顔をしたのはすぐに分かった。熱心に何かを言って説得する男に、無性にイライラが募っていく。  やがて諦めた表情を浮かべて、渋々ペットボトルに口をつける千秋。 「あ……!」 「んっ?」  思わず漏らしてしまった大きな声に、千秋が反応して後ろを振り返った。その動きに慌てて人様の庭先に入り込んで、口元を押さえながらじっと身を隠す。  変に静まり返るからこそ、ふたりの会話が耳に聞こえてきた。 「どうしたの、アキさん?」 「何か……。誰かがいたような気がして。それにしても思ってた以上に、これ美味しいかも」 「でしょでしょ! 意外とイケるんですよ、イチゴクリームソーダ」  あ~あ千秋のヤツ、その男と間接キスしちゃった。何気に美味しいとか言ってるし。 「この甘酸っぱさが、バイトの疲れを癒してくれそうな感じだね。ありがと」 「どういたしまして……。まだ後ろを見ちゃって、気になるんすか?」 「うぅん、ちょっとね。聞き覚えのある声が聞こえた気がして」 (――仕方ない、とっておきのワザを繰り出すか――) 「に、にゃあぁんっ! んにゃっ!」  島にいる、ネコの鳴き声を真似してみた。滅多に真似しないので、似ているかは不明である。 「アキさん、ネコがいるみたいっすよ」 「ネコ……なのかな?」 「だって、にゃあって鳴いていたし。どんなコだろ。俺、ネコ好きなんっすよ」  こちらに近づいてくる足音が耳に聞こえてきて、自然と体が強張った。 「しましまかな、それとも真っ黒かな。確か、この辺から声が聞こえたっけ?」  コツコツと歩く靴音とともに、塀越しから男の声がハッキリと聞こえてきて、マズイ・ヤバイ・絶体絶命の文字が頭の中に次々と浮かんだ。いっそのこと男を巻き込んで驚かせてやったら、千秋がぶっ飛ぶかもしれない。  ええぃ、もうやってしまおうと腰を少し上げて、声を出しかけた瞬間、 「竜馬くん、人ん家に勝手に入ったりしたら不審者だからね。住居不法侵入で逮捕されちゃうよ!」 「まあ、そうなんですけど。でもネコの顔をちょっと見るだけ、いいでしょ?」  よし千秋、ナイスアシスト! 住居不法侵入は立派な犯罪だからね。(自分が犯していることを理解していない穂高)  右手親指を、塀の向こう側にいる千秋に向かってグーをしたら。 「あんな変な声を出すネコ見たって、きっとロクなもんじゃないと思う」  ――ロクなもんじゃない、ネコの鳴き真似をした俺って( ̄□||||!!  ショックのあまり声が出そうになり慌てて口元を押さえたら、隠れている茂みがガサガサと大きな音を立ててしまった。 「ほらほら、俺たちの話声を聞いて、ネコがどこかに行ったみたい。早く家に帰ろうよ、ゆっきー待たせてるんだから」 「はぁい、残念だったなぁ」  靴音が聞こえなくなるまで、その場で待機した俺。結局この日は、カプセルホテルへ泊まることにしたのだった。

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