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想いを重ねる夜22

 言いながら大きなフェリーの甲板に立ち並ぶ人混みの中から、一生懸命にお父さんを捜した。 「向かって右側、最後尾付近をを見てごらん」 「右側……最後尾?」 「きっと千秋と離れたくない気持ちが、お父さんをそこに立たせたんだろう。少しでも長く一緒にいたいと思ったから」  耳に残る穂高さんの声を聞きながら、最後尾にいるお父さんを見つける。そこには寂しげな表情で、こちらを見下ろす姿があった。 「お父さん……」  穂高さんが教えてくれたとおりに、少しでも長く俺と一緒にいたいと思ったのかな。本当の親子じゃないけど、俺のことを大切に思ってくれているからこそ――。 「お父さんっ、ありがとう! ここに来てくれて、本当にありがとうございました!!」  見えない思いに報いたいと思ったら、声が勝手に出ていた。目の前が水の中にいるみたいに歪んでお父さんの姿がはっきり見えないけれど、それでも視線を絡められるように、顔をあげながら必死になって見つめた。 「お父さん…お父さーん! おとぅ、さんっ…ううっ」 「千秋、ちゃんと前を見なければ。ほら、これで涙を拭うといい」  穂高さんが持っていたハンカチを、優しく手渡してくれる。それを使って目元をしっかり拭ってから、お父さんの顔をちゃんと眺めた。 (こんなふうにお父さんを見上げる俺の姿を、どう思って見つめ返しているんだろうか?)  大きなフェリーが、本州を目指してゆっくり動き出した。空と同じ色をした海を切り裂くように、音を立てて船体が進んで行く。ハンカチを強く握りしめながら、どんどん小さくなっていくお父さんに、空いた片手を左右に一生懸命になって振った。  お父さんは手を振り返してはくれなかったけれど、口パクでなにかを呟いた。その言葉がわかった瞬間、ふたたび俺の頬に涙が伝う。それでも振っていた腕を下ろさずに、船が見えなくなるまでずっと振り続けた。 「千秋、よかったね。きっと千秋の気持ちが、お父さんに伝わったんだろうな」 「まだ信じられないよ……。『がんばれ』なんて言われるとは思わなかった」 「その言葉にあやかって、このあと俺と頑張ってくれるだろうか?」  いきなりぶちかまされた穂高さんの卑猥ネタに、頬に熱を持ったのがわかった。涙に濡れて皮膚が風で冷やされていたからこそ、ぶわっとしたものをひしひしと感じる。 「ほ、穂高さんなにを言って――」 「昨夜は離ればなれだったし、お父さんの手前、千秋に手を出さないように結構頑張った俺に、とびきり上等なご褒美があってもいいと思うのだが」  闇色の瞳が、俺を誘うように見つめる。魅惑的なそれに抗える人がいるなら、見てみたいくらいだ。 「俺が断れないことがわかっていて、そうやって誘うなんて卑怯だよ」  困った顔した俺の瞳から、大粒の涙が一筋零れた。 「寂しそうにそうして泣いてるよりも、感じて啼いてる千秋を見たいと思ったんだけどな」 (穂高さんらしい慰め方のお蔭で、いつの間にか涙が渇いてしまっているから不思議だ) 「穂高さん、これありがと……」  渡されたハンカチを返すフリをして、大きな手をぎゅっと握りしめた。 「千秋?」 「穂高さんが傍にいてくれるから、俺の悲しみが半分になっているんだね。改めて思い知らされたよ」  お父さんと離れた寂しさが完全になくなったわけじゃないけれど、どんなネタであれ、穂高さんの言葉で確実に癒されている。  俺から繋いだてのひらが、穂高さんの大きな手で握り返された。しっとりと濡れたハンカチが間に挟まっていても、優しさと一緒にぬくもりが伝わってくる。 「千秋……」 「なに?」  どこか噛みしめるように名前を呼ばれたので、顔をしっかりあげながら穂高さんを見た。そんな俺の視線に闇色の瞳を絡めて、嬉しげに微笑んでくれる。どんな卑猥なネタでもうまく返してやろうと、意気込みはバッチリだった。 「俺の隣でいつまでも、笑いかけてくれるだろうか?」 「えっ?」  考えていたのとまったく違うことを告げられたため、すぐに答えられない。呆けた顔して穂高さんを見上げる俺は、間違いなく恋人失格だろうな。 「今のように寂しいことがあっても、嬉しいことがあっても、俺の傍にいてほしいと強く思った」  低い声で告げられた言葉が、耳じゃなく胸に染み込んでいく。それはきっと――。 「穂高さん、俺も同じ気持ちでいるよ。穂高さんにはずっと傍にいてもらわなきゃ、俺は笑っていられないから!」 「千秋……」  ぎゅっと握りあったてのひらを合図に、微笑んだ俺たちは駆け出した。息ぴったりの行動は、これから一緒に歩んでいく、未来に向かっているからだろうね。  ずっとふたりで生きていこう。幸せを共に噛みしめるために。  了  長きにわたり連載を追いかけてくださり、ありがとうございました。

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