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想いを重ねる夜21
「はい」
お父さんが告げた意外な言葉に、思わず穂高さんの顔を見上げると、同じタイミングで目を合わせてくれる。
穂高さんと一緒に帰っていいと告げられただけでも嬉しいのに、お父さんはなんの条件をつけてくれるのやら。きっと穂高さんも、俺と同じ気持ちを持っているだろう。目の前にある闇色の瞳が、嬉しげに細められていた。
「おまえは玄関から帰ってきてもいいが、その男は勝手口から入ってこい!」
チラッと少しだけ振り返ったお父さんは、妙な注文をつけるなり、足早にその場を立ち去った。
「紺野さん、ありがとうございます!」
勝手口から出入りするように命令されたというのに、穂高さんは満面の笑みを浮かべながら、お父さんの背中に大きな声をかけてお礼を言った。
「穂高さんだけ、勝手口から入るなんて」
「なにを言ってるんだ千秋。一緒に実家に帰ることができるだけでも、俺はとても嬉しいというのに」
「でも……」
「嬉しいのはそれだけじゃなく、千秋は晴れて玄関からの出入りを許されただろう? ということは、いつかは俺も同じところからお邪魔することのできる、可能性があると思ってね」
誇らしげに告げた穂高さんは口角をあげたまま、フェリーに視線を飛ばした。俺は黙ってその横顔を見つめる。身長の高い穂高さんの栗色の髪が海風になびいている様子は、見たところいつも通りなれど、そこから漂ってくる嬉しそうな感じは、俺まで自然と微笑んでしまうものだった。
「千秋、俺ばかり見ていないで、フェリーに乗ったお父さんを捜したらどうだい? しばらく逢えないんだからね」
「わかってます……」
ガン見していたことを指摘されてしまったので、慌ててフェリーを見ようとしたら、不意に目の前が暗くなった。気づいたときには穂高さんの顔が傍にあって、いきなりくちびるを奪われてしまった。
「ちょっ!」
一瞬だけ触れるだけのキスをして、ゆっくり離れていく。穂高さんの突飛な行動はまちがいなく、俺の気持ちを悟ったからこそ、なされたものだろう。気遣うような微妙に揺らめく瞳が、それを表していた。
「ありがと、穂高さん」
「どういたしまして。お父さんは見つけることができたかい?」
「そんなに早く見つけられません。誰かさんのせいですよ」
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