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想いを重ねる夜20
気持ちを落ち着かせるべく深呼吸してから、しっかりと頭を上げて、お父さんを見据えた。目の前にいるその人は、どこか呆れた顔で俺を見つめる。
「お父さんあのね、年末実家に帰ります。ばあやとお母さんの話を直接聞きたいし」
「そうか……」
「それでね、あの……。穂高さんと一緒に、帰りたいと思うんですが――」
ちらっと横を見た俺の視線に、穂高さんはいつもなら気づいて、視線を合わせてくれるはずなのに、なぜだかあえて知らんぷりを決めこむ。だけど、背中に触れている手はそのままだった。てのひらから伝わってくるぬくもりと、大きな存在を感じるだけで、今この場で伝えなければならないことを、ちゃんと言える気がするから不思議だ。
「穂高さんと一緒に、玄関から帰ってもいいでしょうか?」
進学に反対された大学へ通うようになってからというもの、勝手口から実家に出入りしていた俺を、お父さんはなんと言ってくれるだろうか。
この島への就職や、同性との付き合い――反対される要因ばかりの俺は、やっぱり認めてもらえないのかもしれないけれど。
「仕事は……」
「へっ?」
お父さんの声はとても小さなものだったが、運良く聞き取れてしまったので、変な反応をしてしまった。
「ここでやってる仕事は、そのなんだ……、つらくないか?」
「仕事について、そうですね」
頭の中で考えをまとめる前に、思ったことが口から自然と出てくる。昨夜自宅でお父さんと喋ったときとは違うそれに、素直に従うことにした。
「つらくないと言ったら嘘になります。でもとてもやりがいのある仕事なので大変だけど、楽しく勤しむことができています」
俺の傍で同じように漁の仕事を頑張る穂高さんがいるから、頑張らなくちゃと思わされる。
「不便だらけのこの環境は、つまらなくないのか?」
「都会と比較したら、本当になにもないところですが、そういうところもひっくるめて、俺はこの島が大好きです」
無条件にかけてくれる島の人のあたたかさを、ここ来てから感じられるようになった。
「お父さんがわざわざ、ここまで来てくれただけじゃなく、俺の職場を見たり、お世話になってるいろんな人と言葉をかわしてくれたこと、本当に嬉しかったです。どうもありがとうございました」
言いながら頭を下げた瞬間に、フェリーが出発を知らせる汽笛を鳴らした。
「仕事が忙しいなら、無理しないで年末に帰ってこなくていい!」
頭を上げたときには、お父さんは背中を向けていた。それゆえに、どんな表情をしているのかはわからない。だけど強がった声に微妙な震えがあって、いつもと違うのは明らかだった。
「お父さん……」
「仕事が忙しくなる年末じゃなくても、有給がとれたときに、暇つぶしにその男と帰ってこい。ただし――」
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