172 / 175

想いを重ねる夜19

「いっ……ほっ、あ~~~っ、めんどくさいっ!」  忌々しげに顔を歪ませながら苦悶するお父さんに向かって、穂高さんは朗らかに笑いながら話しかけた。 「なにか言いたいことがあるのなら、きちんと名指ししたうえで仰ってください。それ以外ではお受けできません」 (うわぁ、ここにきて穂高さんのワガママが炸裂なんて、間を取り持つ俺の気持ちを考えてほしいよ……)  苛立ちや困惑などなど、目に見えないそれぞれの空気が三人に流れたが、お父さんの盛大なため息がそれを無にした。怒鳴られる合図にもなっているそれに、俺は自然と身構えるしかない。 「いいか、よぉく聞け! 千秋は大事な息子だ。それは俺だけじゃない、紺野一族にとってもかけがえのない宝だ。泣かしたり傷つけるようなことがあったら、絶対に許さないからな。穂高、肝に銘じておけ!」  予想通りと言わんばかりに怒鳴られながら告げられた言葉で、俺は反射的に隣にいる恋人を見上げた。穂高さんは闇色の瞳を大きく見開き、食い入るように目の前を見つめる。その視線にたじろいだのか、お父さんは居心地が悪そうに俯いた。 「穂高さ――」 「お父さんっ!」  俺が話しかけた途端に、穂高さんがお父さんを呼んだ。いつも以上に張りのあるその声に、お父さんは俯かせていた顔をあげる。 「この命に代えて、千秋をしっかり守っていきます。泣かせることや傷つけることは、絶対にいたしません。肝に銘じます!」  俺の心に響くセリフは、きっとお父さんにも届いただろう。困惑に満ち溢れて揺らめいていた瞳が、穂高さんの言葉を聞いた瞬間に、視線をしっかりと交わし合ったから。 「なっ、長ったらしいことを口にする必要はないだろ……。「はい」の一言だけでいい」 「はい!」 「あのね、お父さん。俺は――」  ふたりの会話に割って入ったが、気持ちの整理はついていなかった。伝えたい言葉がたくさんあって、そこから選ぶだけで一苦労してしまい、口元をぱくぱくしてしまう。  空気を吸う金魚状態の俺の背中を、穂高さんは優しく撫で擦ってくれた。ゆっくり顔を動かし見上げると、黙ったまま頷く。言葉にしなくても、穂高さんの気持ちがわかってしまった。  以心伝心だね、穂高さん――。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!