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残り火2nd stage 第1章:今までで一番、熱い夏!8
***
「おはよぅ……おはよう千秋」
遠くで穂高さんが呼ぶ声がする――どうして、ここにいるんだっけ?
重たい瞼をやっとという感じで開くと、嬉しそうな顔した穂高さんがばばんと目に飛び込んできた。
「ぁぅ……?」
「まだ寝ていたいだろうけど、そろそろ出発しなきゃ渋滞に巻き込まれたりとかで、到着が遅くなってしまう」
(出発……。ああ、そうか――)
「穂高さんの車で……行くんだった。今、何時ですか?」
「ん? 6時半ちょっと前。俺を誘うような顔をしていたら、今から襲ってしまうよ千秋」
「……襲わないで下さい」
久しぶりの朝のやり取りをくすぐったく思いながら、目をこすって起き上がった。穂高さんがいるだけで、朝から笑みが零れてしまうんだよな。
――だからこそ、いい1日になりそうだ。
「穂高さん、おはよぅ」
ふわりと笑って、シャープな頬にちゅっとキスをしてあげる。寝起きが衝撃的過ぎて、挨拶を忘れるとか恥ずかしい。
「おはよう。どうしてそんな顔をするんだい? やっぱり襲ってほしいとか?」
くすくす笑いながら、頬や額にキスを落としていく。くすぐったくて、肩を竦めてしまった。
「んんっ違いますって、そんなんじゃなく。その……」
「ん……?」
大好きな穂高さんが傍にいる。それだけでどうにかなってしまいそうな自分がいて、それを必死に隠さなきゃならないのが、実は大変だったりする。
「ただ嬉しくて。穂高さ」
続きの言葉を飲み込むように、唐突にくちびるを重ねてきた。
「知ってる。俺も同じだからね」
キツく体を抱きしめてくれるその腕もぬくもりも全部、愛おしいって思うよ。
「やれやれ。こんなことをしてたら、いつまで経っても出発できないな。行こうか、そろそろ」
俺の身体を振り切るようにパッと手離して、立ち上がりながら伸びをする。均整のとれた後ろ姿に、思わず見惚れてしまうな。
さっきのやり取りを繰り返すような会話をしながらお互い着替えて、ふたり仲良く車に乗り込み、一路島へと向かった。
車中での会話は少なめにしなきゃと、結構気を遣う――穂高さんが運転してるわけだし、多少なりとも昨日の疲れを引きずっているかもしれない。
高速道路上を走っている現在の外の景色は、まったくと言っていいほど代わり栄えしなくて、とてもつまらないものだけど、隣に穂高さんがいるだけで胸がきゅっと締めつけられた。
こうしてると、はじめて穂高さんの車に乗ったときのことを思い出してしまう。あのときは全然意識なんてしていなかったけど、この人の一挙手一投足になぜだか目が離せなくて、じっと見つめてしまったっけ。
手が伸ばせば触れられるすぐ隣で、サングラスをかけて前方を見据えるその姿は、カッコイイ以外の言葉が見つからない。
「どうしたんだい? そんなもの欲しそうな顔して」
チラリとこっちを見た穂高さんは、目元を隠すような濃い色のサングラスなので表情が分からないけど、口角が上がってるから笑っていると判断できた。
「普通ですよ、この顔は」
「千秋は俺といると、その視線で煽ってくるから困ってしまう」
「煽ってなんて……」
ちょっと拗ねてみせたら、ますます笑い出す始末。
「ごめん、暇だったんでつい。ちょっと休憩しようか、そこのパーキングエリアで写真を撮ろう」
(――なぜに写真!?)
そう思う俺を他所に車を停めてサングラスを外し、パーキングエリアの駐車場に降り立つと、背景が良さそうな場所を探す。
栗色の髪を風になびかせ、彼がお気に入りだという赤いシャツを身にまとっている姿は、パーキングエリアを利用している女性の目を釘付けにするものだった。
後ろをついて歩く恋人の自分は、何だか申し訳ない気持ちになる。引き立て役にもならないみずぼらしい同性の俺が恋人なんて、贅沢にもほどがあると思わされてしまったから。
「よし、ここがいいな。千秋、こっちにおいで」
人目が思いっきりある外だというのにそんなのお構いなしに、がっつり腰を抱き寄せてピッタリと密着する。
――こんな写真を部屋に飾っていたら、兄弟に見えないと思う……。なぁんていう苦情は、後回しにしてあげた。
伝わってくる体温が直ぐ傍にあるってだけで、ドキドキが止まらない――スマホの画面に映る自分の頬がポッと赤くなるのを見て、余計に照れてしまった。そのお蔭で、さっきまで考えていた暗い気持ちが一瞬で吹き飛ぶ。
「スマイル機能を使ったからね。笑わないとシャッターしないよ」
流し目を使って俺を見下ろす穂高さんと、戸惑う表情を浮かべた自分。いきなり笑えなんて、可笑しくないのに笑えないのにな。
スマイル機能を使っての撮影だったから(しかも屋外でだぞ、目立ってしょうがないって)とりあえず一生懸命に笑ってみせたのに、穂高さんがなぜか笑ってくれない。
必死に笑う俺――ぼんやりと画面を見続けるだけの穂高さん。何だコレ。何かの罰ゲームなのか!? 頼むから穂高さん笑って!!
ほらほら、人の視線が集まってきてるような気がするよ。男同士でこんなふうに密着している絵面を見て喜ぶのは、限られたごく一部の人だけなんだからさ(`Д´)
――もしかして、スマイル機能を使っての撮影って……。
「穂高さん、全部ウソだったんでしょ? 俺とイチャイチャしたいからって、ウソついたでしょ?」
「さぁ、設定ミスしただけじゃないかな。たまぁに調子が悪くなるんだよ」
撮影後に揉めたりもしたけど、いい写真が撮れたので文句をグッと飲み込んであげた俺。恋人としてはできた人間だと思う!
***
【イチャイチャ自撮り穂高目線】
島へ向かう車での移動は千秋と喋ることはできるが、思うようなふれあいができないため策を練った。
――それが今回の自撮りである。
「ほらほら、もっとこっちに寄って。目線はカメラを釘付けに――」
なぁんて言ったけど、俺だけにその目線が欲しいと言えばよかったかな?
ついでにこの照れた顔を写してしまいたくて、シャッターのボタンに触れてる指がうずうずしたのはナイショだ。
「スマイル機能を使ったからね。笑わないとシャッターしないよ」
いろんなものを誤魔化すべくニッコリ微笑んだ俺を、どことなく猜疑心を含んだ眼差しでじっと見つめる千秋に、内心ハラハラしてしまった。
体を密着させながら顔を寄せ合い、仲良く並んで撮影に挑む作戦。
こうやって、ずっと触れていたかった。触れ合っている部分が熱くなっていくのを、思わず噛みしめてしまった――できることなら今すぐにでも押し倒して、食べてしまいたいくらいだ。
可愛いよ、千秋――。
「こんな感じでいいかな?」
話しかけられても上の空になる。スマホの画面に映る俺たちは、楽しそうな恋人同士に見えた。
「穂高さんが笑わないと、シャッターが下りないよ。恥ずかしいから早くして」
――これが永遠に続いてくれたらいいのに。君の笑顔を独り占めしたい――でもそれは千秋の自由を奪ってしまうことになるから、我慢しなければならないんだよな。どうも傍にいると、俺はワガママばかり押し付けてしまう傾向にある。気をつけなければならない。
こうやってふたりの時間を共有できるだけ、幸せだと思わなければならないのに。
千秋の笑顔が崩れかけた瞬間に、慌ててシャッターを押した。やけに真剣みを帯びた自分の顔は気に入らないが、千秋の表情が最高なので残すことにしたのだった。
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