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Final Stage 第1章:突然の告白

 ――本当に困ったな……。 「穂高さん、いい加減にしてくださいよ。そろそろ家を出ないと、フェリーに間に合わないって」 「もう少しだけ……。あともう少しだけお願い」  前にもこんなことあったけど、それと全然違うのはベッドの中、俺の隣にいる穂高さんが目を閉じて真剣な表情を浮かべながら、あるモノをぎゅっと握りしめている。それゆえに、俺は動けないでいた。 「そんなの握りしめて、何を瞑想しているんですか? 呆れてしまいます……」 「長い夏休み中に、型を取っておくべきだったと後悔しているトコ」 「エ━━━(;゚д゚)━━━・・」  真剣にナニを悩んでいるのやら。聞くんじゃなかった――。 「千秋のと一緒に俺のも型をとって秘密裏に作り上げ、帰るときに俺のを持たせてあげれば、向こうでも寂しくないだろう?」  目をキラキラさせながら何気にすっごいことを言ってるの、理解していないだろうな。だって穂高さんだから……。 「……も、もしもそれを貰ったとして、帰ってる最中に不測の出来事に遭遇したせいで手荷物検査にあった場合、俺はどうすればいいんですか? 絶対にそれのせいで挙動不審になった挙句に、警察に捕まっちゃいますよ」 「しっかり釈明すれば、いいだけの話じゃないか。遠距離恋愛してる恋人のことを想って、コレを使って慰め――」 「言いませんっ、やりませんっ、いりません!! それにもう放してください。フェリー乗り場に今頃、皆が集まっているだろうから」  前回この島に来た時は1人きりで、帰るときは穂高さんに見送られないようにあえてそうして、涙しながら帰った。  だけど今回は漁協で一緒に仕事をしたオバちゃんたちや船長さんが、見送るからねと、わざわざ申し出てくれたのだ。  なので挨拶すべく家を出たいのに、穂高さんがナニから手を離してくれない。 「もう放して、穂高さん。俺からも穂高さんにしたいことがあるのに、いつまで経ってもそれができないじゃないか」 「ん……」  名残惜しげに手放してくれたのを確認し、それをいそいそしまった。  それから穂高さんの身体に、ぎゅっと抱きついてあげる。そのままゆっくり首筋に顔を埋めて、肩根にがぶりと咬みついた。 「くっ、ち、あき……」  切なげに声を上げながら、俺の背中をかきむしる穂高さん。  次の瞬間、ぶわっと上がった体温が伝わってきて、寂しさに拍車がかかってしまった。もう暫くこの温度も匂いも、感じることができないんだって改めて思わされた。 「……行こうか、穂高さん」  体をそっと起こして穂高さんを引っ張り上げ、シャツのボタンを留めて、咬み痕が見えないようにしてあげた。 「抱きたい……」  ボタンを留めていた手を握りしめて、言って欲しくないことを平気で口にするなんて、本当に酷い恋人だな。俺だって、おんなじ気持ちなのに――ずっと傍にいて、離れたくはないのに。 「それを断る俺のこと、ちょっとだけでいいから考えてください。お願いだか――っ」  お願いすら聞く耳持たずで、いきなりくちびるを塞ぐなんて、本当に困った恋人だけど大好きなんだ。俺のほしいものを瞬時に嗅ぎとり、すぐに与えてくれる、すっごく愛おしい人。 「さぁ千秋、行こうか」  離れがたい気持ちが一緒だからこそ、分かり合える気持ちがそこにある。それと一緒に愛されてるなって想いも感じとることができるから、すっごく幸せだ。  返事の代わりに、強く手を握りしめてあげた。そのお蔭で笑顔のまま、島を出ることができた。  皆に見送られながらフェリーに乗って本州に渡り、その後は新幹線に乗車して自宅に帰った。漁協でのバイトが思いのほか高収入だったので、思いきって新幹線に乗ってしまった。 「島に馴染んでしまった体を、こっちに合わせなきゃならないし、疲れを溜めたくなかったから楽させてもらちゃったな……。それにしても、思っていたよりも蒸し暑いや」  夏休みも残り3日を残すだけ。この期間を使ってバイト先に顔を出して、お土産を渡したり大学のレポートの最終チェックをしたり、あとは――。 「……あれ竜馬くん?」  俺が住んでるアパート前の電柱に持たれかかり、目をつぶっている彼がなぜだかそこにいた。街灯の明かりでその姿をしっかりと確認できたんだけど、どうしてここにいるんだろう? 「おーい、竜馬くん」  首を傾げつつ声をかけながら手を振ってあげたら、目が合った瞬間に嬉しそうな表情を浮かべて、走り寄って来た。 「アキさん、お帰りなさい!」 「わぁっ!?」  背中に背負っている大きなリュックごと、ぎゅっと抱きしめられて、ビックリするしかない。 「無事に……無事に帰ってきてくれて良かった。ホントに良かった」 「う、うん。大丈夫だったよ。帰りは豪勢に新幹線使っちゃったし、普通に無事なんだけど」  竜馬くんの言葉に、思わずたじろいだ。まるで俺が戦地にでも赴いていたようなセリフみたいで、何と言っていいのやら。上手い言葉が見つからないよ。  困ったのはそれだけじゃなく、ずっと抱きしめられたままだったから。  穂高さん以外の人にこんな風に抱きしめられてしまうのは、かなりの抵抗があった。たとえそれが友達との感動の再会だとしても、これを見たら絶対に恋人を不快に思わせてしまう行為になる。 「あのね竜馬くん悪いんだけど、ちょっと苦しいな。離れてくれると呼吸がしやすくなる」 「ゴメンなさい、アキさんの顔を見たら嬉しくて」 「あ~、俺ってば頼りない先輩だから、ムダに竜馬くんを心配させちゃったかな?」  ゆっくりと腕を外してくれた彼にいつものように笑いかけると、一瞬だけ目を合わせてから、ふいっと逸らされてしまった。 (――あ、あれ? 何か今ので、キズつけることでもしちゃっただろうか?)  自分よりも少しだけ背の高い竜馬くんを見上げて、じぃっと顔色を窺うと、何気に頬が赤く染まっていて、更なる疑問が沸いてしまう。  何だろ、俺ってば恥ずかしいことを知らない間にしちゃったのかな? 穂高さんの天然が移ってしまったのだろうか? 「えっと竜馬くん。俺やっぱり何か――」 「ちがっ! ゴメンなさい、ホント……アキさんの笑顔見たら、その」 「その?」 「やっ、それに頼りない先輩なんて、思ってないから。全然……むしろ――」  どんどん顔を赤らめてキョドキョドする竜馬くんに、首を傾げるしかない。 「むしろ、なぁに?」  ちょっとだけ背伸びをしてずいっと顔を近づけたら、息を飲んで目を見開いた。  その表情を不思議に思って見つめていたら、いきなり右手を握りしめられる。痛いくらいにぎゅっと。  俺に縋りつくような眼差し――もしかして夏休みの不在中に、竜馬くんの身に何かあったのかもしれない。 「アキさん、ちょっと変わったなって。男に向かってキレイって言葉を使うのは変かもしれないけど、前と比べたら格段に変わったよ。もしかして、彼女ができたとか?」  他人に滅多に褒められることのない容姿を指摘され、ぶわっと頬が熱を持った。  穂高さんがこういうのを言うのはいつもなので、「そんなに褒めても、何もでないですよ」って多少テレながら逃げることができるけど、相手は友達なので思いっきり困惑する。 「ぅぁ……。か、カッコイイ竜馬くんに褒められるとか、ビックリしちゃった。彼女なんてできる環境じゃなかったよ。バイト先は、オバちゃんばっかりだったし。どうしてキレイになったんだろうね、アハハ……」  きっと穂高さんのせいなんだろうな――毎日を一緒に過ごし、いろんな出来事に遭遇したけど、ふたりで乗り越えていって更に絆が強まった。  絆と共に愛情も深まったお蔭で、彼を想うたびに身体が熱くなった。それを何とかしたくて求めたら、それ以上の熱で俺を求めてくれた。何度も彼の熱で蕩けさせられたので、雰囲気が変わったというのなら、この行為が理由かもしれない。 「照れてる顔も、すっごく可愛い」 「やっ、さっきからどうしたんだよ、もう」  握りしめられてる手から伝わってくる、竜馬くんの体温。さっきからすごく熱いな。外が蒸し暑いせいだろうか? まるで穂高さんの手のようだ。 「あのねアキさん、ちょっと確認したいことがあるんだけど……」 「確認したいこと?」 「そう。かなり前の話なんだけどさ、アキさんがバイトあがる前に、よく来てたお客さんいたよね? 赤い車に乗ってる人」  竜馬くんの言葉に、胸がドクンと強く打った。それを合図に、どんどん駆け出すように早さが増していく。 「その人の車に乗って帰ってる姿、見たから。その……偶然キスしてるとこも」 「え――」 「ソイツと付き合ってるのかな?」  心臓が耳元で鳴り響くように、バクバクした音が聞こえてきた。  どうしよう、友達に知られてしまった――しかもキスしてるトコまで、見られていたなんて。注意してたのに、それなのに、どうして……。  ゆっきーがリーマンと付き合ってるって知ったときは、自分と同じだという安心感から偏見なんてなかったけど、竜馬くんは違う。  息を飲んだまま固まってしまった俺をじっと見つめ、空いてる手で頭を撫でてくれた。宥めるように何度も。 「大丈夫だよ。嫌ったりしないし、言いふらしたりはしないから」 「竜馬くん……」  頭を撫でてる手が途中で止まり、髪の毛を掴む感覚が伝わってくる。  その手を使ってぐいっと頭を引っ張られ、顔が自然と上を向く形になったとき、竜馬くんの顔が音もなく近づいてきた。これって、まるで――。 「好きです、アキさん……」 (逃げられない――)  そう思って身体をぎゅっと硬くした瞬間、目の前がいきなり明るく照らされた。 「わっ、まぶしぃ……」  俺を守るように抱きしめたまま、竜馬くんが振り返って呟く。 「いいトコロ、お邪魔しちゃって悪いね。彼、放してもらえないかな?」  車のライトを照らされたままなので、相手が誰なのかハッキリとした確証はなかったけど、告げられた声は聞き覚えのあるものだった。 「……藤田、さん?」  恐るおそる訊ねるように口を開いたら、ライトを消して白いベンツから出てきてくれる。 「おいおい、何を無防備に対応してんだか……。そこの色男、さっさと千秋から離れなよ!」  苛立ちを含んだ言葉で威嚇するように言い放ち、竜馬くんの肩を掴んで、すぐ傍にある塀に押しつけた。 「ちょっ、一体何ですか、アナタは?」 「俺? 俺はねぇ、千秋の恋人のおにーさんだよ」 「こ、いびと……?」  唐突に告げられたセリフに固まった竜馬くんを、藤田さんは色っぽい表情を浮かべながら見上げ、細長い両腕を首に絡める。 「そうそう。千秋には恋人がいるんだ、諦めなよ。俺が君を慰めてあげる。千秋のようなズブの素人よりも、すっごく気持ちいいコト、いろいろしてあげるよ。ねぇ……」  傍でふたりを見てる俺が、なぜか赤面してしまった。藤田さんの言葉のアクセントのひとつひとつが、どこか扇情的に聞こえてきてドキドキが止まらない。  なのに竜馬くんは表情を一切崩さず、下唇を噛んで藤田さんの腕を振り解くなり、俺に向かい合った。 「アキさん、恋人って赤い車に乗ってるヤツなのかな?」 「…………」  言わなきゃならないよね。友達に男と付き合ってるのを知られた時点で、いつかこんな日がくるかもってどこかで分かっていたハズなのに、躊躇してしまうなんて情けない。  それだけじゃなく、竜馬くんは俺を好きだと言ってくれた。友達としての好きじゃない、恋愛対象としての好き、だよね――でも俺には穂高さんがいるんだ、しっかりと断らないといけない。 「竜馬くんゴメンね、その通りなんだ。その人と付き合ってる。夏休みも彼のところに行ってた。だから」  言い終らない内に、顔を背けて走り去って行く。その後ろ姿を、藤田さんとふたりで眺めた。 「……千秋、話がある。疲れてるトコ悪いけど、車に乗ってくれ」  眉間にシワを寄せたまま身を翻すように車に乗り込む藤田さんを、必死に追いかけた。 (話って一体、何だろうか? 穂高さん絡みのことかな? それとも今の――?)  複雑な心境を抱えたまま助手席に座ると、静かに車を発進させる。  連れられたのは、近所にあるファミレスだった。

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