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Final Stage 第1章:突然の告白2

*** 「呆れて、ものが言えないって」  ファミレスに到着するなり、向かい合った途端に言われた藤田さんの言葉が、胸に突き刺さった。  ここまでの道中、お互いに一言も口を開かなかった。  一応俺から話しかけようと試みたけど、運転しながらタバコを咥えてる藤田さんの顔が明らかに怒っていたため、どうにも話しかけられずに車内でずっと俯いていた。  きっと竜馬くんとのやり取りにイライラさせる要素があるから、怒っているんだろう。彼に抱きしめられた以外に、怒られるような何かををしただろうか? 手をニギニギされちゃったこと以外は、他にないと思うのだけれど――。  俯きながら先ほどまでの流れをいろいろ考えていると、ウェイトレスさんがにこやかな笑みを浮かべながらやって来た。 「失礼致します、ご注文を――」 「ホットコーヒーふたつ、以上っ!」  苛立ちに任せて言い放ち、さっさとウェイトレスさんを追い払う藤田さん。その声で恐るおそる顔を上げたら、バンとテーブルを拳で強く叩く。 「ちょっと、何か反応がほしいんだけど。呆れてものが言えないって言ってるんだ。ねぇ?」 「はぃ、すみません……」  ものが言えないと言いつつ、激しく主張しまくっていますね。なぁんて言ったら、絶対に怒られる。 「あの色男、誰なの?」 「えっとバイト先の後輩で、大学では同期なんです」 「随分と、仲が良さそうに見えたけど。穂高がいるのにさ!」 「と、友達関係で、それ以上でも以下でもないんですが……」  矢つぎ早にされる質問に答えるだけで、全身から汗が吹き出してくる。言葉と一緒に、視線がぐさぐさ突き刺さる感じだ。  藤田さんの態度に困惑しまくり、あらぬ方向を向いて後頭部をバリバリ掻いていると、さっきのウェイトレスさんがやって来て、目の前にコーヒーを置いていった。 「ごゆっくり、お召し上がりください」  ぺこりと一礼していく後ろ姿に、縋りつきたい気分だった。 「なに、女の尻をじっと見てんのさ?」 「ひぃっ! やっ、べ、別にそんなの見てません」 「友達関係だっていう色男が、同性に向かって好きだと告白してきた。これが何を意味するか、千秋は分かってんの?」  藤田さんのセリフで一番大事なことを思い出し、ひゅっと息を飲んだ。  ショックが重なって、思わず失念していた。友達に男の恋人がいるのがバレたことで、いっぱいいっぱいになっちゃって、竜馬くんに好きだと言われた告白が霞んでしまっていた。 「や、きっと違いますよ。好きは好きでも、特別な意味なんて」  どうしてもそれを認めたくなかった俺は、誤魔化す言葉を口走ってしまったのだが――。 「はっ……。何を言い出すかと思ったら。アイツは間違いなく千秋のことは、恋愛対象で好きだって。自分が何をされそうになったか、分かんないのか?」 「それは――うっ……」  竜馬くんに好きだと言われた後、藤田さんに助けてもらえなかったら、間違いなくキスされていただろう。顔の近づいてくる感じが、まんまそれだった。 「帰ってきた途端に、やらかしてくれるね。千秋らしいといえば、いいのかもしれないけど。これを知ったら穂高のヤツ、烈火のごとく怒るだろうな」 「お願いします、このことはナイショにしててくださいっ!」  ごんっ!!  額をテーブルにぶつけながら、しっかりと頭を下げる。自然と体がわなわなと震えてきた。  どうしよう――このことを穂高さんが知ったら、怒るよりも悲しんでしまう。彼を悲しませるマネを絶対にしたくない! それに心配させたくはない!! 「今の千秋の気持ち。何を考えてるのか、手に取るように分かるよ。だけどね――」  一旦言葉を切り、ポケットからタバコを取り出して火を点け、ふーっと美味しそうに吐き出した藤田さんの顔はさっきの表情とは違い、とても落ち着いたものになっていた。 「離れているからこそ、何かあったらマメに教えてあげることは当然なんじゃないの? 夏休みにあっちに行って顔をつき合わせてお互いの話をした時、意外と知らないことがたくさんあったでしょ?」 「はい。結構ありました」  落ち込んだ気持ちを何とかしたくて、目の前に置かれたコーヒーに手を伸ばし一口飲んでみる。焦げたような渋い苦味が口の中に広がって、思わず眉根を寄せてしまった。  穂高さんが俺のために作ってくれたカフェオレが、どんなに美味しいかを再確認するなんて、何をやってるんだろう……。 「どんなに小さい事でも、積み重なったら大きくなるものさ。報告・連絡・相談って仕事で大事なものなんだけど、恋愛だって同じだと思うんだ。内容によっちゃ、行き違いひとつで首がぶっ飛ぶよ」 「そうでしょうか?」 「相思相愛。恋愛はひとりじゃ成り立たない、ふたりでしているものでしょ。まぁこの言葉は、友人の受け売りなんだけど。どこまで伝えるかは千秋に任せるけどさ、今回の件はきちんと言わなきゃダメだと俺は思うね」 「……あの、考えたんですけど。きちんと彼の告白を断って解決してから、報告するっていうのはどうですか?」  俺には穂高さんがいる、だから断るのは当然なんだ。俺の気持ちを竜馬くんに伝えて諦めてもらってから、こういうことがあったけど無事に解決したからって穂高さんに伝えたら、心配かけずに安心させられるよね。 「事後報告か、悪くはないけど……。でも覚えておくといい」 「なんでしょう?」  何度か口にしたタバコを灰皿に押し付け、切なげな表情を浮かべた藤田さん。 「堰き止められた想いは、水と同じなんだ。互いに想いが伝わり、流れ続けていればキレイでいられるけど、堰き止められたままでいたら、みるみる内に腐っていく。腐敗した想いを抱えていたら、どうなると思う?」 「分かりません……」  言われた言葉の意味は分かる。だけど実際は、どんな風になるのか想像すらつかない。 「俺のように、拗れた人間になっちゃうんだよ。腐敗した想いを何とかしたくて、汚い手を使って相手を落とし込んで、想いを通わせようとするんだ。キレイになりたいから……。少しでもいいから分かってほしくて、ね」 「藤田さん、それって――」 「千秋が断ったらあの色男の想いは、間違いなく腐っていくよ。絶対に千秋を奪いにくるって」 「彼は、竜馬くんは大丈夫です。しっかりした人ですし」 「分かってないね、ホント。恋は人を狂わせるものなんだよ、障害があればあるほど燃え上がるものなんだ。それこそ面白いくらいに」  人生経験が豊富な藤田さんが言うことは、きっと真実なんだろう。だけど今回の件はやっぱり、すぐに報告ができる気分じゃなかった。 「だからこそ、早めに対処しなきゃダメなんだからね。穂高にちゃんと言いなよ」  最後は優しい感じで念を押してくれたけど、どうしても素直に頷くことができずに、そのままファミレスを後にした。

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