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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り
藤田さんにアパート前まで送ってもらった時も、しっかりと念を押されてしまった。
『こういうトラブルは、火種が小さい内に消すのがミソなんだ。離れてるからとか心配させたくないという気持ちは、どっかに捨てな。きちんと穂高に言うんだよ。いいね?』
肩を叩かれながら告げられたせいか藤田さんの思いが重く、体にのしかかってるみたいに感じた。ついでに、旅の疲れも相まったのかもしれないな。
はーっと深いため息をつきながらアパートの2階にある自宅の扉を開けて中に入り、パチンと音を立てて部屋の電気を付けた。
久しぶりに帰ってきた我が家――若干、空気が淀んでいる気がする。まるで今の、自分の心の中みたいだ。
「ダメダメ! 余計なことを考える前に、まずは空気の入れ替えをしなきゃ」
背負っていたリュックサックを下ろして、窓を開けて換気を強制的に行う。
この時間だったら、穂高さんのいる島なら冷気が入ってくるのにとぼんやり思い出していたら、ポケットに入れてるスマホが突然音を鳴らして俺を呼んだ。
「この着信音、穂高さんだ――」
今時分は仕事で海の上にいるハズなのに、どうしたんだろうか。もしかしたら藤田さんから何か聞いて、心配で電話をくれたのかもしれない。
躊躇してる間も延々と鳴り響く着信音に、思いきってタップし出てみた。
「もっ、もしもし、穂高さん?」
「千秋、無事に着いたかい?」
怖々と口を開いた俺に、心の中に染み入るような特徴のある低音が、耳に聞こえてくる。
「あ、えっと藤田さんがアパート前にいて、ちょっと話し込んじゃった。連絡しなくてごめんなさい」
「兄さんが、わざわざ待っていたんだ。それで、何か聞かれた?」
うわっ、どうしよう。竜馬くんの話しか実際にしていない。どうして待っていたのか、理由を聞くのをすっかり忘れてしまった。
「ぅ……。夏休みはどうだったって、楽しく過ごせたかを聞かれちゃった。待ち伏せされるなんて思ってもいなかったから、すっごくビックリしたよ」
イヤな汗をかきながら、思いついたことを口にしてみる。この勢いを使って、竜馬くんに告白されたのを言ってしまおうか――。
「驚かせて済まなかったね。きっと俺に対する嫌がらせのために、待ち構えていたんだと思う」
「嫌がらせ?」
「ん……。自分はいつでも千秋に逢えるんだぞっていうのを、羨ましがらせるためだけに、ね。相変わらず意地の悪いことをしてくれる」
嫉妬混じりの声を聞いた瞬間に、俺の気持ちは自動的に180度向きを変えた。藤田さんに嫉妬している今の穂高さんに向かって、竜馬くんに告白された事実を言ってしまったら、更にすごいことになるのが分かりすぎるくらいに分かる。
――これは、絶対に言ってはいけないネタだ!
眉根を寄せながらスマホを持ってない手に、思わず拳を作った。
「千秋、寂しくないかい?」
「へっ!?」
「いつもより元気がないから。何か隠しているだろ?」
イヤになるくらいに察しのいい穂高さんにズバリと指摘され、慌てふためいてしまった。
「あー……。そんなに、は。寂しく、ないよ……。全然じゃないけどっ!」
元気がないと言われたので、いつもより声のトーンを上げて返事をしたせいで、ウソをついてますっていうのを証明している感じになってしまった。
「無理をしなくていい。だって俺も寂しいから、千秋。この仕事が終わって港に帰っても「お帰りなさい」って言いながら笑顔を見せてくれたあの倉庫に、君がいないんだからね。だから」
ザプンという水音が、背後から聞こえる。波が船に打ちつける音なのだろうか。
「なに? 穂高さん」
「船長に早速、叱られてしまったよ。仕事に身が入ってないって、さっき叩かれてしまった」
コソコソッという口調で告げてくれたのだけど、ちょっとそれは――。
「……今、電話してて大丈夫なの?」
「ん……。休憩中なんだ。それに声が聞きたかったしね。少しは元気、出たかい?」
「穂高さん――」
いつでも自分のことを考えてくれる彼のお蔭で、心の中がじわりとあったかくなっていく。嬉しくて、涙が出そうなくらいに。
「あーもぅ、穂高さんの思いやりで、身が引き締まっちゃった。明日からのバイトを、叱られないように頑張らないとなって」
「千秋の頑張りを真似て、俺も頑張るとするよ。それじゃあ」
「うん。頑張りすぎて、から回りしないようにね。穂高さんっ」
自然と声が弾む――あんなに沈んでいたのに穂高さんの声を聞いただけで、無条件に元気になれるなんてホントやられているよなぁ。
「穂高さん、大好きだから」
そう、俺は穂高さんが好き。この気持ちに嘘はない。竜馬くんには最後まで自分の気持ちを伝え切れていないから、きっと中途半端な状態になっているハズだ。きちんと伝えて、きっぱり諦めてもらわねば!
「千秋、俺は愛してるよ。愛おしくて堪らない」
「あっ、ありがと、ございます……。お、俺も同じ気持ちでいるから」
面と向かっていないのに、相変わらず慣れない。耳元で囁かれているみたいだから、尚更なんだけど。
「ふっ。こちらこそありがと。じゃあ」
穂高さんが鼻にかかった笑い声をあげたそのとき、船長さんの呼ぶ声がしたからか、慌てた感じで電話を切った。突然の静寂に微笑んでいた口元が、一気に真一文字になる。
「明日ちゃんと断って、穂高さんに報告ができるようにしなきゃ。俺には隠し通せる器用さなんて、ほぼ皆無なんだし」
穂高さんのようにモテる人間じゃない俺が、告白を断るなんて経験をするとは思っていなかった。竜馬くんのためにもきっちり話をつけてやろうと、このときはしっかり気合を入れた。
それなのに自分の想像以上に、竜馬くんとのやり取りが難航するなんて、思いもよらなかったのである。
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