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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り2

*** 「憂鬱だけど、行かなきゃな……」  島で買った名産を手にして、楽しく過ごしたことを語りながら、お土産を配るハズだった。本来なら――。 (うだうだ考えていても仕方ない、なるようになるって!)  ばしばしっと両頬を叩いて気合を入れてから、アパートを飛び出す。いつもより少しだけ遅い出発時刻。バイト先にいる竜馬くんのことを考えると、どうしても気持ちが落ち着かなかった。  ここで、一番の問題にぶち当たる。それは普通に、会話をはじめることだ――告白された身として、やんわりと断った事実があるからこそ、ムダに気を遣いまくってしまう。  困ったなと思いつつ従業員入口の扉を開けると、目の前に見慣れた背中が立ち塞がっていた。 「り、竜馬くん?」 「アキさん、 お疲れ様です」  妙な感じ――お互いにテレまくりながらたどたどしい会話をするなんて、今までにはなかった。 「……いつもより早いね」 「それは、その。少しでも長く、アキさんの傍にいたいと思ったから」  竜馬くんの口から告げられる言葉は、どストレートすぎて困ってしまう。それに対して「ありがとう」と答えるべきなんだろうけど、恋人のいる俺がそれを言うワケにはいかない。 「そうなんだ。へぇ……」  じっと見つめてくる視線をやり過ごし、手早くタイムカードを押して竜馬くんよりも先にロッカールームに辿り着いた。逃げるようにやり過ごした俺の後を、竜馬くんが追いかけるように入って来る。 「あの、アキさん」 「はい、これっ。島のお土産なんだ、受け取って。夏休みの間、ずっと休んでてゴメンね」  お土産を押しつけるように手渡し、さっさと店舗の方に向かう。ふたりきりの空間ほど、息苦しいものはない。それだけじゃなく――。  竜馬くんの瞳から溢れてくるように俺への気持ちがだだ漏れしていて、見ているだけで辛くなってくる。これから数時間、そんな彼と一緒にバイトをしなければならないなんて、正直拷問に近いかも……。  狂おしい心中を抱えながら店舗に入り、仕事をしてる社員さんに挨拶した。お土産を手渡してから引き継ぎをしていると、竜馬くんがやって来た。 「お疲れ様です!」 「おっ、竜馬~お疲れ! お盆過ぎてから、パッタリとお客さんが来ないから暇だぞ」 「それじゃあ物品の確認しながら、掃除に励みます」 「紺野も、後はよろしくな。こういうときだからこそ気を引き締めて、防犯対策しておいてくれよ」 「分かりました。お疲れ様です」  元気に帰って行く社員さんの背中を見送り、視線を店舗に戻そうとしたら竜馬くんとバッチリ視線がかち合う。 「…………」 「…………」 「……仕事しなきゃね」 「待って……。避けないで、アキさん」  あからさまに視線を外して身を翻そうとした俺の右手を、ぎゅっと掴んできた。それを振り解きたいのに痛いくらいに握りしめられているため、自分じゃ外せそうにない。 「竜馬くん、今は仕事中だよ。プライベートの話は控えなきゃ」 「仕事に入る前に言おうとしたのに、アキさんってば逃げるように俺の事を避けたじゃないか。これじゃあ、いつまで経っても話せないよ」 「確かにそうなんだけど……。でも」 「まずは謝らせて。本当にごめんなさいっ」  俺を引き止めていた手を放し、深く頭を下げた竜馬くんに驚くしかない。 「えっ!? な、なんで?」  この言葉は俺から竜馬くんに言うべきなのに、彼が先に言ってしまったのが謎だった。 「俺が勝手に勘違いしちゃって……。赤い車に乗ったヤツが、しばらくしてから来なくなったでしょ?」  ゆっくり頭を上げて、窺うように俺を見つめる竜馬くん。 「うん。そうだね」 「それからアキさんの顔色が、ずっと優れなかったから。どこか、ぼんやりしていることも多かったし。きっと別れたんだって思いついちゃって。元気のないアキさんを自分が何とかしたいって考えたら、その……。友達としてっていう気持ちじゃなく、恋愛感情であたためてあげたいなって」  自分よりも体の大きな竜馬くんが、小さくなりながら顔を真っ赤にして一生懸命に告げてくれる言葉に、困り果てるしかなかった。  見ず知らずの人ならバッサリと断ることができるのに、友達として優しい彼を知っているからこそ、キズつけるような言葉を言いたくはない。  必死になってる彼に何か言わなきゃと思うのに、ムダに口をパクパクさせるだけで声を出せずにいた。  眉根を寄せて口パクしてる俺に、竜馬くんはもう一度頭を下げる。 「昨日一方的に、気持ちを押し付けるようなことを言っちゃってゴメン。しかも俺ってばキスしようとするなんて、アキさんが困っていたのに、さ。嫌いになったでしょ?」 「確かに、いきなりビックリしたよ。竜馬くんに同性の恋人を指摘された時点で、頭の中がぶわっと混乱しちゃったしね。その後の告白だったから。だけど嫌いになっていないから」 「ホント? 無理してない?」  やっと口を開いて気持ちを告げた途端に両肩を掴まれ、ゆさゆさと揺さぶられる。 「っ、わわっ!? 竜馬、くんっ、ちょっ……。喋れないって」 「ゴメンなさい。つい嬉しくて。嫌われたから、避けられたんだと思って」  慌てて両手を外して後ろに隠しながら、照れくさそうに言った。 「俺こそゴメン。変に避けちゃって……。昨日の今日で、どう接していいか分からなくってね」 「ううん。そんな優しいアキさんだから、好きになったんだ。俺がキズつかないように、いろいろ考えてくれたんだよね?」 「それは、その……うん。竜馬くんの気持ちは嬉しいけど、応えられないんだし」  ここは一つ、きちんと断らなければと思い、言葉に出してハッキリと言ってみた。 「応えられなくてもいい。嫌われてないだけで俺は満足だから」  いきなりカウンターに手を伸ばしながらしゃがみ込み、うな垂れるように俯く。 「恋人を好きなアキさんを、ずっと好きでいるから――」  くぐもった声で告げられた言葉だったけど、しっかりと耳に聞こえてしまった。 「あの竜馬くん、好きでいられても困る。諦めてくれないかな?」  恐るおそる大きな背中に問いかけると、勢いよく立ち上がり、ニッコリ微笑んで俺を見下ろした。 「だってアキさん、さっき言ったじゃないか。竜馬くんの気持ちは嬉しいって」 「ぅ……。言ったけれど、それは」 「想うくらい、自由にさせて欲しいな。両想いになれないのが分かってるんだし。恋人を想って幸せでいるアキさんを、まるごと好きでいさせてよ」  隅の方に立てかけてあったモップを引っ手繰るように掴むと、さっさとカウンターから出て行ってしまった彼に、何て声をかけていいか分からなかった。  涙目になりながら想いを告げてくれた竜馬くんに、諦めろなんて強く言うことができなかったのである。

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