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残り火本編第一章 火種

 人との出逢いは一期一会。どんな人であれ自分にとって、何か意味のある事だと思うんだ。  直接顔を突き合わせて会話をするのは勿論のこと、ネットを使って言葉を交わすことも心の交流になるので、同じように影響があるって思う。  だけど中には、どうしても避けようのない出逢いがるワケで――  絶対にダメだと拒否しているのに、頭の中にいるもうひとりの自分が微笑みながら、耳元でそっと囁く。 『彼なしでは、もういられないでしょ? 流されちゃえばいいんだ』  そんなことはないと言い切りたい。なのに心と一緒に身体が、否応なしに彼を求めてしまう。だけど肝心の恋人は、自分ではどうにもならない人だった。  同性で最低の人間、――男だろうが女だろうが、浮気は当たり前の人。なのに俺は離れられなかった。包み込んでくれる優しいその腕を、どうしても離したくなかったから。 ――出逢いは、どこにでもあるものだった。 ***  大学の進学を機に、実家がある隣の県の市内に住みはじめた。  少ない仕送りと、今まで貯めた貯金で生活をしている状態。それだけじゃ心許ないので、近所にあるコンビニでバイトをしていた。  主に夏休み・秋休み・冬休みという長い休みは稼ぎ時。こんなに休みばかりなのに、学費がえらくかかるのが辛いところ。だから普段の日は夜の出勤をして稼ぐんだ。  もっと割りのいいバイトはあるけど体力がないし、人と携わることが好きだったので、自宅の近くにあるコンビニが、自分としては打ってつけだった。  固定した時間帯に働くと、必然的に何人かのお客さんが自然と顔見知りになる。  よくやって来る印象的なひとりは、パジャマ姿のおじさん。いつもビール一缶とツマミを買いに来ていた。  コンビニに来る時に着てくるパジャマが意外と可愛いもので、派手な色した水玉や白と黒のストライプ、そしてまさかのハート柄!   ツッコミを入れたいのを必死に抑えながら、笑いを堪えて接客する。  そして、もうひとりは―― 「いらっしゃいませっ! いつものですね?」  男性のお客様に向かって丁寧ににペコリと一礼をし、レジから離れて急いでメンソール入りの煙草を一箱、素早く手に取った。  それからレジに金額を打ち込み顔を上げると、目の前で柔らかく微笑みながら、五百円玉を手渡してくれる。  五百円玉を手渡されるだけ、なんだけど。――コインを手のひらに置いてから、一瞬だけ優しく掴まれるんだ。その人の親指と人差し指が、手のひらを摘むように触ってくる。  俺はしっかりと受け取っているというのに、落とさないようにするためなのかと、最初の頃は思った。しかしながら、毎回となると話は別だ。何かが引っかかる。  例にもあげたパジャマ姿のおじさん同様、変な男性のお客様。  ――見た目の年齢は30歳前後くらいで、普通のリーマン。ビシッと身なりが整っているワケじゃない。むしろ生活に疲れた感じがひしひしと漂っているのに、顔立ちがえらく整っているせいで、独特な雰囲気が全身から醸し出されていた。  その目を奪う容姿は、店にいる女性客が振り返るくらい。同性としては、非常に羨ましい限りである。  内心いろんなことを考えながら、さっさとレジに金額を打ち込んでつり銭を出し、その人の手のひらに乗せた。  俺とは違う手のひらの温度。いっつもひんやりとしているな。 「ありがとうございます!」  小銭を財布に入れるところを見ながら言い放ち、しっかりと頭を下げた。 「君もだいぶ、バイトに慣れてきたね。笑顔が、板についてきたように見えるよ」  適度に低い艶っぽい声で、いきなり話しかけられてしまった。  いつもは『ん……』って言って、さっさと去って行くのに、どうしたんだろう。他にお客様がいないせいかもしれない。 「そ、そう言って戴けると嬉しいです」 「もうすぐ2ヶ月くらいだっけ? 働きはじめて」 「はい。……そうですけど」  よく覚えているな。毎日来てくれているから、か? 「君の頑張っている姿を見て、俺も頑張らなくちゃって思わされていた。学生さんだろ?」 「はい、傍の大学に通っている2年生ですけど。――っ!」  気さくに話しかけられ、思わずペラペラと自分のことを教えてしまっていたのに気がつき、ハッとして口をつぐんだ。 「……紺野くん、ね。また明日」  しまったという顔をした俺を見やり、印象的に映る瞳を細めて意味深な笑みを浮かべながら、俺のネームプレートをわざわざ指差してから、颯爽と帰って行く。  何か、イヤな予感しかしない。――この時はそんな風にしか思えなかった。意味深な笑みの意味が、次の日に分かることとなる。 *** 「こんばんは、紺野くん」 「いっ、いらっしゃいませ」  次の日、いつもの時間に現れたリーマン。俺は迷うことなくメンソール入りの煙草を手に取り、金額をレジに打ち込んだ。昨日のやり取りがあるお陰で、恐るおそる接客をしてしまう。    しかも名指しされてしまった―― 「今日は、これもお願い」  コトンと静かに置かれた缶ビール。――お酒、呑むんだ……。  いつもは煙草しか買わない人なので、やけにそれが印象的に映った。 「……珍しいですね。ありがとうございます」 「ん……。ひとりで、昇進祝いするんだ」 「そ、それはおめでとうございますっ」  ひとりで昇進祝い、これも何か意外だな。こんなにカッコイイ人なら、祝ってくれる彼女の一人くらい、いてもおかしくないだろうに。 「可哀想な人って、紺野くんの顔に書いてある」  手のひらの上に小銭を置きながら告げられた言葉は、心の内をズバッと指摘したもので、激しく焦りまくるしかない。 「そそ、そんなこと、全然思っていないですよ。ただちょっと、意外だって思っただけでして」  あたふたしながら商品をビニール袋に入れてから急いでレジに金額を打ち込み、さっさと釣銭を渡す。袋の持ち手を掲げながら、ニッコリと微笑んでみた。 ( ――早く立ち去ってくれ!)  そんな気持ちで笑みを浮かべる。間違いなく引きつっているだろうな。 「俺が昇進するの、そんなに意外?」 「いやいや、そうではなくて。その……、ひとりでビールを呑まれるっていうのが、何か意外だなぁと」  今まで携わってきた大人の人の中で、この人は間違いなく厄介な相手だと判断。自分が持っていないものを、しっかりと兼ね備えている男の人だからこそ、誤魔化しがきかないと思った。  困惑気味の俺の言葉に、瞳をすっと細めて柔らかく微笑むと、 「じゃあ君が一緒に、お祝いしてくれる?」  なんていう、有り得ない提案をしてきたのでギョッとするしかない。引きつった笑顔が、更に引きつってしまったであろう。 「すっ、すみません。バイトの時間、午前1時までなんで……」 「わかった。その時間に迎えに来るよ」 「うぇっ!? あのっ!」  昨日同様に意味深な笑みを浮かべ、颯爽と帰っていくリーマン。俺の話、聞いてなかったのか!? まったく強引な人だな。  しかもあの人の口調って独特な間があるせいで、余計にとっつきにくい印象なんだ。とにかく店に来たらしっかりとお断りして、帰ってもらおう。明日大学は休講だし、久しぶりに自分の時間を、有意義に過ごしたいから――

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