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残り火本編第一章 火種16
***
「おはよ、千秋」
重いまぶたを開けると、目の前に穂高さんの顔があった。
「おはよぅ、ございます……」
酷く掠れた自分の声に、昨夜のことが鮮明に思い出されてしまって、内心焦ってしまう。
規則的な強弱をつけて動く穂高さんの下に、ベッドにぎゅっと押さえ付けられるように、組み敷かれた自分。穂高さんから流れ出る汗が、身体の上に飛び散るだけで感じてしまった。
「ち、あき。……千秋、も少し力、抜いてくれないか」
「はっ、はあぁっ、……んっ……」
力の加減なんて全然分からない。だって感じてしまったら、否応なしに力んでしまうから。
「ダメだよ、そんなに俺をイかせたいのかい?」
「ちがっ、……そん、なんじゃ、……あぁっ、なくって……」
自分だけしっかりとイかされてるけど、穂高さんが最初に言ってた、溶けてしまいたいという言葉を少しでも分かってあげたくて、受け止めようと何とかしているんだ。
「口、『あ』の形で開けていて。噛みしめないようにしててごらん」
「あぁっ!? ……ああ、はぁ、……」
少しだけ穂高さんの動きが、スムーズになったような気がした。
喘ぎながらライトに照らされる影を、何の気なしに目で追ってしまう。
(――まるで時計の長針と短針が、重なり合っているみたいだ)
離れたと思ったらゆっくりと重なり合うそれを見ていたら、胸が切なくなってぎゅっと絞られる。出来ることならずっと重なり合っていたい、素直にそう思えるから……
視線を目の前にいる、穂高さんの顔に移す。
「千秋っ、……俺だけを見ていてくれ、感じて欲しい。……愛してるから」
開けっ放しになってるくちびるに、強く穂高さんのくちびるが押し付けられると、さっきよりも激しくなる律動に、身体がどんどん熱くなっていった。
何度か痙攣させ、俺の中でイった穂高さんはその身体をグッタリとさせて、抱きつくように倒れこんだ。受け止めるには、正直重たい――
「済まない。……全力で千秋にイかされてしまった。少し休憩したら、一緒にお風呂入ろうか」
大きな身体に腕を回して、少しだけずらしてもらい呼吸を無事に確保。
「分かりました……」
そう言ったのまでは覚えているんだ。一緒にお風呂に入ったことも。なのに、その後の出来事はあまり覚えていない――
「湯で赤く染まっていく千秋の肌が、やけに艶っぽく見えてしまってね。あんな場所ではじめてしまって、悪かったと思って」
そういえば……
「おっ、俺の方こそ、その、すみませんでしたっ。気持ちよさに腰が砕けてしまって、立てなくなったのを、ここまで運んでいただいて……」
「ん……。大丈夫、千秋は羽のように軽いから」
俺って、そんなに軽かっただろうか。
恥ずかしさで慌てふためく俺の身体を、ぎゅっと抱き寄せた穂高さん。
「朝、起きたら目の前に千秋がいる幸せに、ずっと浸っていたかったのに」
「はい……?」
「食欲と性欲、両方をいっぺんに満たしたいって思う俺は、ワガママなんだろうね」
その言葉に思わず吹き出してしまう。
「可笑しそうに、笑ってほしくないんだが。俺としては真剣に悩んでいるんだよ。……煙草吸っても、いい?」
子どもじみた穂高さんが何だか可愛くて微笑んでいたら、目元の下を少しだけ赤らめて訊ねてきた。
「どうぞ、遠慮せず」
「ん……。ありがと」
傍に置いてあったのか、いつもの煙草を引き寄せつつ灰皿も一緒にセットして、安っぽいライターで火を点ける。ゆらりと吐き出される紫煙を、起き上がって目で追っていると、手に持っているライターを押し付けるように手渡された。
「これ、覚えてる?」
どこか嬉しそうな表情の穂高さんと、ライターを交互に見比べる。それは一カートン買ったお客様にオマケとして渡していた、煙草の銘柄入りのライターだった。
「ごめんなさい、覚えてないです」
変に誤魔化したくなかったので正直に答えると、そっかと一言呟いて、煙草を咥えた。
「……俺が千秋に、恋をした瞬間だったんだ」
覚えていないと答えたのに、どこか照れたような笑みを浮かべ、視線じっとを俺に向ける。
「似たような銘柄がたくさんあるだろ、だから店ではいつも現品を見せて、これくださいって言っていたんだが」
「はい」
店員が間違えないように、そういうことをしてくれるお客様は、実は結構いたりした。Wチェック出来るので助かったりする。
「その日も煙草を見せながら、一カートンくださいって言ったら、千秋が嬉しそうな顔して、煙草と一緒にライターを二個、カウンターに置いたんだ。本当はそのままライターを付けているんですが、他のお客様もいないのでどっちがいいか選んでくださいって言って、緑と白のライターを手渡してくれてね」
――確かにそういうことをしていた。お客様がいない時だけ限定だけど――
「何だか、特別扱いされた気がしたんだ。勝手な話なんだろうけど。そんな些細なことでも、すごく嬉しかったんだよ、俺としては。当時仕事が大変でね、そんな小さな気遣いに癒された。君が好きになったんだよ、千秋」
煙草を灰皿に押し付けて、誘うような流し目をして見つめる。それだけでドキッとしてしまい、手元に視線を移すと、顎をすっと持ち上げられてしまった。
「どうしてそんな、恥らう顔をするんだい? もしかして誘ってる?」
「やっ、そんなつもりはぜんっぜん……」
そんな目で見ないでほしい。――誘ってるのは穂高さんだっていうのに。
掬い上げられた顔は、しっかり穂高さんに向けられていたけど、どうにも堪らなくて、視線をあちこちに彷徨わせるしかない。
「君がいるだけで、刺激的な朝になるね。まったく――」
低い声で呟いたと思ったら、重ねられるくちびる。じわぁっと煙草の味が、口の中に広がる。だけど、それも束の間だった。
『ぐるる~~~』
その音にパッチリ目を開けると、くちびるを離した穂高さんが、恨めしげな表情を浮かべ一言。
「煙で、お腹いっぱいになればいいのにな……」
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