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第三章 偽りだらけの恋愛

 その日の夜、現場の雰囲気を掴もうと、早速シャングリラに顔を出した。 「店長の大倉です、はじめまして! いやぁ、あのパラダイスの伝説のホスト様に、お目にかかれるとは」 「そのことについてなんですが、伏せてください。新入り扱いでお願いします」  店の一番奥まった席でテーブルを挟んで向かい合い、自分について話をするには、少々色気に欠ける。――相手が店長さんだから、ね。 「そんなぁ、勿体ない!」 「俺はオーナーに言われてここに来た、ただの新人ですから。過去のことは関係ありません。必要でしたら雑用もこなしますので、どんどん使ってくださいね」  微笑みながら右手を差し出し、しっかりと握手をした。 「分かりました。それでは、ウチのシステム説明しますね。もうお気づきだと思いますが、パラダイスの支店なのに、全然違う作りでしょ。カラオケもないし」 「ええ、落ち着いた店だなと感じました」  義兄さんがくれた資料で、内装を見たけど、自分の目で改めて店内を見渡す。  こじんまりとした、ボックス席が8つ。濃い色の青と白を基調とした壁紙と、赤い絨毯が敷いてあり、照明を落とせば、いい雰囲気が漂うだろう。 「ホストクラブって、なぁんか敷居が高いじゃないですか。お金がある方々の、行きつけみたいな感じ?」 「そうですね」 「その敷居を、ちょーっとだけ低くして、営業しているのがウチなんですよ。俗に言う、メンズキャバクラなんですがね。料金も、時間料金プラスドリンク代」  テーブルにシステムを書いた取り説を置き、楽しそうに教えてくれた。取り説の中身を、以前働いていたトコと比較し、顎に手を当てて感想を言ってみる。 「ホストクラブはフリータイム制だけど、頼んだドリンク代が結構割高ですから、こっちの方が、お財布に優しいかもしれません」  だからホストは、客に長居をさせつつ、ドリンクを頼ませるのだが―― 「他にも永久指名じゃないから、お客が好きなホストを変えられるのも、魅力かもね」  永久指名とは自分が指名した担当ホストは、(そのホストが辞めたりしない限り)永久的に、変更することが出来ないシステムだ。このシステムのお陰で、従業員間の客の取り合いが起こらないが、逆にそれがないということは、ここではトラブルが横行するんだな。 「お客には優しいけど、従業員には随分と厳しい世界ですね。これは襟を正して、頑張らないといけないな」 「穂高さんの経歴、ファイルの載せないといけないんだけど、写真とかある?」  最初は敬語だった店長さんも打ち解けてくれたのか、親しげに話しかけてきた。 「はい、パラダイスで使っていたモノですが」 「どれどれ……。ん~なぁんかボヤけてて、古めかしい感じが、目を惹くというか?」  しげしげと手にした写真を、じっと見つめる。 「他のホストの写真、フルカラーではっきりと輪郭が映っているからこそ、あえてそういう、映りの写真にしているんです。ボヤけているから、絶対に二度見するでしょ?」 「確かに! そして本人に実際逢って、そのイケメンぶりに驚かせるなぁんて、さっすがだなぁ」  写真と俺を見比べて、ニコニコしてくれたのだが、そこまで褒めなくてもいいだろうと、半ば呆れた。 『大倉は、店の現状把握が上手い男。電卓を叩かせたら右に出るものがいないから、安心して店を任せてる。付け回しも上手いから、指示に従うように! だけどコイツ、人の話を全然聞かないんだよ。売り上げを何とかしろと言っても、その内、上がるとか言いやがって、どこ吹く風なんだ』 (付け回しとは、お客様にキャストを紹介すること。この裁量によって、お客様の満足度が変わる。お客様の好みを瞬時に見抜き、好みのキャストを接客させることにより、次回の来店並びに指名に繋がるという大変大事なお仕事)  義兄さんから手渡されている、資料の中にあった大倉さんの情報を思い出し、このふたりは、水と油の関係であるというのが、目の前で分かってしまった。  どんなにこの人を怒っても、まぁまぁと窘められ流された挙句、何かを褒められて話をすり返られた結果、問題解決に至ってないから、俺が呼ばれてしまったということだな。 「早速なんですが、調理場を貸してください。新人の仕事をすべく、お通しを作ります」 「えっ!? そんなのいいって。お菓子の盛り合わせを小皿で出せば、それで終わっちゃうんだし」  顔の前でワイパーのように、手を横に振ってみせる姿を、意地でもOKさせてやろう。 「既に材料を持って来ているので、作らせてください。ものすごく簡単なものですが、きっとお客様も喜ばれるかと。店の看板にもなりますよ」  なんてったって、キャベツを適当に切って、ビニール袋にぶち込み、ごま油と塩少々に、白ゴマを和えるだけの、料理と呼ぶには少々簡単すぎるシロモノなのだ。 「材料を持って来ているのなら、しょうがないか。よしっ、店のHPにも情報載せちゃうから、ヨロシク頼むよ」  頷きながら立ち上がり、駐車場に停めてある車に荷物を取りに行った。

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