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第三章 偽りだらけの恋愛3
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「いらっしゃいませ! シャングリラへようこそ」
大倉さんと一緒に、ホストの腕に恋人のように寄り添いながら入ってきたお客様へ、頭を下げる。
やがてボックスの半分を埋める人数に達した時、忙しさに拍車がかかった。次々と入るお酒のオーダーを捌きつつ、テーブルの上を常にクリーンに保つ。メンキャバだろうが、ホストクラブだろうが、俺たちのする仕事は変わらない。
グラスの水滴を拭ったり、灰皿に吸殻が一本でも入っていたら、すかさず新しいものに交換。その際にタバコを嵌めるくぼみを、お客様の方に合わせるのを忘れないようにするんだ。
「失礼いたします、どうぞ」
新しいお酒を作ってコースターの上に置いたら、手を引っ込める前にそっと、甲に触れられる。
「ね、見ない顔だけど新入りさん?」
下っ端の先輩が、同伴で連れて来たお客様だった。
「はい。穂鷹と申します。以後お見知りおきを……」
触れてきた手を取り、ポケットに忍ばせていたコースターを握らせる。
「今日から仕事を始めたばかりで、まだ名刺がございません。大変失礼ですが、こちらの手書きでよろしければ、ご連絡待ってます」
永久指名制じゃないからこその、先制攻撃。――奪えるものなら、下っ端のお客様だろうが、先輩のお客様だろうが、捕っていってやろうじゃないか。
「随分と、積極的な新入りさんなのね」
「お客様のような美しい方のお相手をしている先輩が、大変羨ましく思います」
憮然としている下っ端の先輩に笑顔を向けてから、お客様に向かって頭を下げ、テーブルを後にした。
あまりガツガツしても、場の空気を乱すだけ。引き際も肝心なのである。
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